deux volontés

「人と街をつなぐ交差店」


高台にある閑静な住宅街の中の小さなパティスリー。
お店に訪れるお客様がスタッフとなにげない会話を交わし、笑顔で帰っていく様子が微笑ましい。
その光景に、懐かしさを覚える温かな空気を感じました。
家と、職場や学校の間に、立ち寄れる場所があるこということ。
立ち寄る行為の中に発生する充足感はどこから生まれるのか。
その答えを探るようにお話を伺いました。

店主の宮田梨沙さん

捨て切れなかった野心

 

中学生の時、姉がよくお菓子を作っていたので、それを隣で見ては一緒に作っていた。
なんておもしろいんだろう。
多感な心に、大きな影響を受ける。
その後、姉が製菓学校の体験入学に行くからと付いていったのがきっかけでさらに興味が湧いた。
親に中学を卒業したら製菓学校に行きたいと言ったら反対された、姉も反対されていた。
何かひとつの事を成し遂げてからにしてほしいと返されたので、納得させるためにも勉強をがんばり、トップクラスの成績を収めて高校に進学した。
高校卒業後は食にまつわることをやってみたいと、栄養学の方面で進路を考え、大学のオープンキャンパスに行ってみるも座学ばかりで退屈さを覚えた。
違和感を抱えていたところへ、ふと中学生の時の気持ちが蘇り、一度製菓の専門学校の体験入学に行ってみた。
そこで気づいたのは、自分が体を動かして作り上げていく楽しさに惹かれているということ。
高校3年生の夏からの方向転換、親からの評価も得ていたので大学への進学はやめて、念願の製菓の専門学校に行かせてもらうことができた。

名前に含まれる梨をモチーフに

心の強化

 

専門学校では2年目にフランスの店舗で研修をすることができる。
本場の技術が学べると期待に胸を膨らませていたけど、たまたま配属された洋菓子店では、朝から晩まで材料を計量したり、包むためのラップをする作業ばかり。
一緒に行った同期は技術を身につけ、労働時間も短くフランス生活を満喫しているという話を耳にすると、なぜ自分だけこんなにも過酷なんだと悔しい思いをした。
それならば誰よりも早く完璧に与えられた作業をしようと意識を変えたことで、それを見てくれていたシェフが少しずつ技術を教えてくれるようになった。
最終的にはお店の看板商品であるマカロンを任せてもらえるようになり、のめり込むように技術を磨いていった。
緊張感のある現場、よく怒られ、時には手が出ることもあった。
フランス語が正確に聞き取れない分、言葉で傷つくことがなかったので逆に助かったと当時を振り返る。
何よりフランス滞在中は、辛くても逃げ場がない状況だったので、精神面が鍛えられ、一人でも生きていける自信のついたことが大きな収穫になった。
他にも、フランスでは日々の暮らしにお菓子が馴染んでいる文化の違いも肌で感じることができた。

マカロンと焼き菓子のお店

迷いと運命

 

学校を卒業して日本に帰ってきて、いざ就職というタイミングで、いくつかの製菓店から声をかけられたけど働いてみたいお店のイメージが自分の中で湧いてこない。
知り合いのお店を手伝いつつも、これからどうしようかと悩んでいる時、フランスで研修をしたお店のシェフが日本で講習をするという情報を耳にする。
それは業者向けの講習で参加する資格はなかったけれど、どうしても行きたい衝動に駆られた。主催の乳業メーカーに直談判をしてみたら、運よく参加させてもらうことができた。
講習会の当日、たまたま会場でお世話になった製菓学校の先生と久しぶりに会う。
どんなお店で働いてみたいのかがわからない、と悩みを相談すると、先生がある人を紹介してくれた。

新田英資さん。
その方は、テレビチャンピオンというテレビ番組のケーキ職人選手権で優勝した経歴もあり、その他数多くのコンクールで賞も取ったことのある名実ともに認められているパティシエ。
その新田さんが今度、自分のお店を開業するにあたり若くて元気のあるスタッフを探してるという内容だった。
フランスで学んだことがあるとはいえ、もっと技術のある人のもとで学びたいという気持ちに気付き、先生にお願いをして新田さんのもとで働かせてもらうことになった。

様々なギフトにも

がむしゃらに働いた日々

 

2005年、新田さんのお店「パティシエ エイジ・ニッタ」がオープンした。
さすがに前評判の高い新田さんのお店、開店当初だけでなく継続的にずっと忙しい毎日。
定休日にも仕込みをしないと間に合わないので、休みもほとんどなかった。
その中でコンクールのために居残りで練習をして自己研鑽に励んだりもしていた。
立ったまま眠りに落ちたこともある。
大変だったけど新田さんのそれ以上に一生懸命な姿を見ているからがんばれた。
そこにフランスで鍛えた精神力が活きていた。
辞めるスタッフが多い中、2番手にもなり教育係を経て、気づけばオープンから9年。
その間に結婚をして、出産を機に新田さんのもとから卒業する。

受け継ぐ繊細な技術

落ち着ける場所を探して

 

次のことはあまり考えておらず、今まで自分のお店を持ちたいという強い願望もなかった。
ただ自分が手をかけて作ったお菓子を、相手にプレゼントして喜んでくれている姿を見るのが、自分への最高のご褒美だと認識していた。
とはいえ、家族を持ち子供が生まれたので、しばらくは育児に専念することに。
引越しがお店を始めるきっかけになった。
まず優先すべきは、子育てをするのに環境がいいところ。
探している中で気に入ったのが、商業利用も兼ねた物件。
具体的に何のお店をするか考えていなかったけれど、主人と落ち着いたらお店をしてみたいと話し合っていたこともあり、二人の意見が一致したので今の場所に決めた。
二人の胸のうちに秘めた想いは、この場所から何かを発信して誰かに喜んでほしいという気持ち。
その気持ちは次第に高まり、周りにお店があまりないからこそ、自分たちが起点となり地域活性化をしていきたいという志に変わっていくのに、そう時間はかからなかった。

だれに作ってもらいたいか

自分にできること

 

はやる気持ちは準備を前に進め、第二子出産からわずか8ヶ月で小さなパティスリー”deux volontés”は2017年9月にオープンした。
規模的にも新田さんの時よりも当然できることが限られている。
与えられた設備の中で何ができるかを考え抜いた。
今までやってきた生菓子への思い入れもあるが、冷蔵冷凍のスペースの確保が難しい。
フランスで磨いた技術でもある得意なマカロンを軸に、焼き菓子やオーダーケーキを扱っていこう。
マカロンの本当の美味しさをもっとたくさんの人に知ってほしい。
ただ甘いだけの飾りのようなイメージを覆したかった。
実際にマカロンを口にしたお客様は声を揃えて、今まで食べた中で一番美味しいと言ってくれる。
自分だけのスペシャリテを見つけ、地域に根ざした活動で徐々にお客様の認知を広めていった。

マカロンに込められた想い

ジレンマの行き先

 

育児をしながらのお店の営業は初めての経験。
オープン時は小さい子供の夜泣きがひどく不規則な睡眠を強いられた。
さらには第三子を授かり、一度は休業期間を設けたものの再開を待ち望むお客様からの声を聞くと、期待に応えたい気持ちと、もう少し休みたい気持ちがせめぎ合う。
第三子出産から7ヶ月半で再開したのは、期待に応えたい気持ちが勝ったのだろう。
母親に手伝ってもらいながら営業を続けるも、がむしゃらに働いてた若かりし頃よりも3人も子供がいる分、自分の意思ではコントロールできない予定不調和が度々起こる。
この時期が一番大変だったと当時の思い出を語る。
他にも、以前はお客様からのイレギュラーな注文を休日にも受けていたり、子供が起きる前に仕込みをしたりと、無理が重なり体調を崩したこともあった。
自分一人ががんばるのは簡単、周りにかける負荷とバランスをとりながら、徐々にやりやすい形を整えていった。

島田農園さんのリュバーブのジャム

憩いの場として

 

夫婦の願いである地域活性化のはじめの一歩は、コミュニケーションが生まれるための環境作り。培った技術を披露したいというよりも、地域の人たちが集う場所を作りたい気持ちが強い。
そのため気軽に来てもらえるような価格設定にも配慮している。
小学生が駄菓子を買うように、パティスリーに訪れてドリンクやかき氷を楽しみ、テラスで学校の宿題をしている風景を見て、想いが伝わっていることを実感する。

別料金でデコレーションケーキも

編集後記

 

宮田さんの気質はまさにものづくり思考。
作るのが純粋に楽しい。
相手の喜んでくれる姿が見たい。
育児をしながらも時間があればお店のことを考え、お菓子の本を見てレシピよりも作り手がどんなことを考えて作っているのかを知るのだそう。
味や状態へのこだわりが強いのも、プロフェッショナルな仕事をずっと側で見てきたから。
それらの想いを持って取り組んでいるからこそ、自然と街の空気を作り、人を引き寄せるのではないでしょうか。
どの街にとっても、想いを発信する人がいて、人と街とが関わり合える場所があるというだけで、地域に安心をもたらすのかもしれません。
これから夫婦ふたつの(deux)志(volontes)の種は、今の場所でどんな実を結ぶのか。
なった果実が地域にたくさん行き渡ることを楽しみにしています。

( 写真 = 宮田 梨沙 、文 = 大野 宗達 )


兵庫県西宮市東山台3-51-8
0797-97-2410
Open 11:00 – Close 16:00 ( なくなり次第終了 )
定休日  日、月曜日、祝日

http://deux-volontes.com/

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