kawakami coffee roaster

コーヒー豆の中に見つけた自己表現

 


住宅街に漂うコーヒーの香りに導かれ、大通りからひとつ角を曲がるとたどり着く、リノベーションされた空間。
ラフな素材感が味わい深い木のカウンター席に腰を下ろすと、白いカップに驚くほどなみなみと注がれたコーヒーが運ばれる。
モルタルの壁越しに聴こえる、ドリンクやサンドイッチを作る音。
焙煎機と生豆の麻袋が並ぶ店内は、店というよりどこか職人の工房のようだ。
焙煎機の音が止むと、豆を少し手に取り愛でるように見つめるオーナーの川上さん。
今やコーヒーの道一筋といった様子の彼の人生を変えたのは、若き日、目の前に運ばれた1杯のコーヒーだった。

店主の川上紘生さん

爆発しそうな想いを抱えて

 

バイクに明け暮れた10代。高校を卒業してもふらふらと遊びまわっていた。
改造した愛車で峠を責めるが、ポリシーはある。
やりたいこともなくアルバイトを転々とする日々。
その日が楽しければいいとつるんでいた友達が、だんだん働き始める。
焦りを感じ履歴書を書こうかなと思うが、夢はないし何をしていいかわからない。
とにかく人に使われることが苦手で、どんな仕事をしても続かず楽しくなかった。
俺はこんなんじゃないと尖っていた。
人に使われないためにはどうしたらいいのかを考えたら、店を持ったらいいんや、社長になればいいんやというところに行き着いた。

工房のような店内

走る閃光

でも、何の店をすればいい?あるのは社長になりたい気持ちだけ。
そんなある日、友達が連れて行ってくれた自家焙煎コーヒー店で衝撃を受けた。
元々缶コーヒーを好んでいたが、比べものにならない。
こんな美味しいコーヒー、あるんや。
このコーヒーを自分で淹れたいと思った。
帰ってその夜に、雇ってくれと電話をかける。
金髪のまま面接へ行き、将来独立したいと伝えた。
当時23歳。
飲食を始めるには遅いという想いがあって、必死だった。
これしかないと思っていた。
アルバイトは1年続けばいいほうだという自称「飽き性」が、なんとそのまま勤続13年。
溢れんばかりのエネルギーをぶつける矛先が見つかった。

コーヒー以外の美味しさにも真剣勝負

見つけた夢と楽しさ

  

そうはいっても、実は働き始めて3日くらいで辞めようかなと思った。
そのくらい飲食の世界は、それはもうハードだった。朝から晩まで店にいて日付が変わって帰宅。
ストレスのあまり肺に穴が開いて入院したこともある。
でも未知の業界、こんなもんなんやと思って駆け抜けた。
一方で、作るのはとても楽しかった。
ドリップや焙煎をするようになって、コーヒーの奥深さにどんどんハマっていった。
27歳ごろに支店ができ、本店の店長を任されることに。
師匠が支店へ行き不在だったので、自由にできたのが大きかった。
数字さえ上げておけば文句は言われない。
なんでもやらせて任せてくれたのが、モチベーションにつながった。
次第に自信がつき、自分の店を持つことを考え始めた。
立てた目標は、35歳で独立。
でも、稼いだ分使うタイプだったのでお金はない。
その頃、同じ店のホールで働いていた喬子さんと結婚。
楽観的な川上さんに対して、喬子さんは独立を不安がっていたが、反対は一切しなかった。
師匠には、コーヒー屋は儲からへんで、好きじゃないとできひんでと言われた。
でも、こうして今があるのは好きやったんでしょうねと懐かしむ。
「おもしろいやん」と笑ってくれた彼女とふたりなら何とかなるやろと、お金を貯め夢へ向かって歩み始めた。

カフェではなくコーヒー屋と言い切るポリシー

ついに叶えた自分の店

 

大阪・枚方市出身の川上さん。店を出すなら北摂でと憧れていた。
現在、店のある吹田市の山田は、当時からお兄さんが美容院を営んでいた場所だった。
髪を切りに来る度にいい雰囲気の街だと感じていて、すぐ近くでテナントを募集していた元イタリアンレストランの物件に決めた。
たまたま訪ねた箕面市の家具屋で、テーブルのかっこよさに惚れリノベーションを依頼。
喬子さんと共に、目標どおりの35歳で独立を果たした。
師匠のいう通り、はじめはお客様も来ず、運転資金は減る一方。
店舗と同時に自宅も引っ越してきたため、本当にお金がなかった。
しかしある時、お客様がfacebookにあげてくれた投稿が拡散され、瞬く間に忙しくなる。
ワンコインで楽しめるモーニングが支持され、お得感を求める人で賑わった。

シンプルなファサード

媚びない決断

 

店はどんどん忙しくなっていく。
それでも、朝早くから夜遅くまで店を開けてもなかなか利益は出ない。
やがて子どもを授かり、雇うスタッフの人数も増えた。
コーヒーを味わってもらうためのコーヒー屋でありたいのに、おしゃべりのためのカフェとして使われるのが嫌だった。
店を続けていくために、わかってくれるお客様を大切にするために、アップデートを重ねた。
メニューを絞り、値段を上げた。
その分、素材の質にもこだわり手間も惜しまない。
心地よい空間を作るために、お客様へのお願いごとを掲示。
敢えて席数も減らし、家族と過ごす時間を確保するために営業時間も短縮した。
どれも、最初はとても勇気が要った。
それまで来てくれていたお客様に意見を言われたこともある。
でも、好きな人は来てくれる。本当に来たい人に来てほしい。
人に媚びられない、持ち前のメンタルで堂々と貫いた。
やがて、パンの耳まで惜しみなく具を入れた男前なサンドイッチが評判を呼ぶ。
経営にゆとりが出て、もっといいものにお金や時間を使えるようになった。
それでもまだまだ、アップデートは欠かさない。
もっといいものを。おもしろいと思ったものは取り入れる。
新メニューや新しい豆の焙煎を試す時がいちばん楽しい。
常に変化していたい「飽き性」な行動が、訪ねる人を飽きさせない。
あのコーヒーとサンドイッチが食べたいと、今日もお客様を呼び込むのだ。

魅了するダイナミズム

コーヒーに愛された人生

 

人生の半分くらいを捧げてきたコーヒー豆の焙煎だが、いまだに飽きることはない。
何より焙煎が楽しい。
思い通りに焼けた時、「この豆の風呂に入りたい」と思うほど、豆がいい顔をしているのだという。
そのコーヒーに対する情熱が伝わってか、人手不足や不得意な売り込みに苦労したことはない。
お客様として来てくれていた人がスタッフとして働いてくれたり、経営する飲食店でコーヒー豆を使ってもらえたりと、縁と理解に恵まれている。
自身はコーヒー1本で生きてきたが、頑固な職人気質というわけでもない。
コーヒー以外にもいろんな店やジャンルを楽しむ若いスタッフの姿に、自分もいろいろやっとけばよかったと羨みつつも「どんどんやり!」と激励する柔軟さ。
過酷だった修業時代の経験から、スタッフの労働環境も常に気にかける。
人に使われることも苦手だが、実は人を使うことも苦手。
スタッフの好きなこと・得意なことをさせてあげたいというスタンスなので、育てているというよりは、やりたい人が自然と集まり自ら動いてくれるのだそうだ。
やりたいことをやる姿勢が、よい循環を生んでいるのかもしれない。

止まらないコーヒー愛

負けず嫌いのこれから

 

大好きな焙煎に没頭するための焙煎所や、豆売りをメインにしたコーヒースタンドなどの支店を持つことも考える。
経営者のお客様が支店を出すという知らせに、うちも出しますよ!と刺激を受け、新しいステップを思い描いては、まだ曖昧なイメージを模索する。
人に任せることで味のばらつきやクオリティーが落ちる不安もあるし、やる気のあるスタッフの独立は応援したい。
いまだに経営者になりきれないところだと語る。
それでも一度きりの人生、2店舗持ってみたい気持ちとの間で揺れ動く。
負けず嫌いがこの構想の果てに生み出す、新しい世界が楽しみだ。

自己表現の形がわからずバイクにぶつけた青春時代、やっと見つけた好きなものにボロボロになるまで走り抜けた修業時代を経て、ついに思い描いた理想に近づいた自分の店。
常に「楽しいか」を基準にバランスをとり、自分自身が飽きないように変化を続ける。
まだまだ、頭の中はコーヒー豆でいっぱいなようだ。

オンラインショップも充実
川上さんはかわいい鳥が好き

編集後記

 

川上さんは、男3兄弟の真ん中。
若いころバイクにやんちゃに明け暮れた兄弟たちは、現在いずれも店や会社を営む経営者だという。
お父さんはサラリーマンだと聞いて、その教育方針に興味津々。
若い頃の写真から推測するに、多分悪かったらしいお父さんは、とにかく怖かったそう。
ただ、絶対的な線引きだけは明確に、多少?のやんちゃには理解があった。
その厳しさと愛情の元で、多感な時期を手加減ナシで生き抜いたことが、それぞれ自己表現の形が見つかった今、成功につながっているのかもしれない。
自分を表現したい気持ちやエネルギーの強さと裏腹に、そのやり方がわからず、派手なことをして目立とうとする。
その分、進む道が見つかればすごい。
実際に、幼馴染も経営者が多いと聞いて妙に納得。
店に来てくれた幼馴染と「まじめになったなー」「お前もや」と笑い合ったエピソードに、彼らと遊びまわった日々がなければ、今このコーヒーはないのかもしれないと感じた。

わたし自身も川上さんのコーヒーのいちファンであるが、美味しい抽出の方法を教わって自分で淹れるコーヒーが美味しくなった瞬間、日常が少し違って見えたことを思い出しながらお話を伺った。
コーヒー1杯で人生が変わる。
そんな物語に触れて、誰かのこだわりが詰まった美味しいものが持つ力の大きさを実感する。
取材の最後に、大好きなインコの羽の香りについて目を細めながら語る姿に、ギャップと魅力を感じずにはいられない。
この何が出てくるかわからないコーヒーのような奥深さが、人を惹きつけてやまないのかもしれない。

( 写真 = 川上 紘生   文 = Yuki Takeda )


*現在、諸事情によりスクエアファニチャーさんにて間借り営業(水、木曜日)されています。

https://www.kawakamicoffee.com/

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