「陽だまりの家で」


山手の道を揺れるバスは、ぽかりと眺めのよい住宅街にたどり着く。
草木花のそよぐ庭を抜けると、レンガ調の一軒家の引き戸がすこし放たれている。
出迎えてくれるのは、遊びごころの散りばめられた衣服や小物たち。
その奥には大きな窓からのやさしい光に包まれた部屋がつづく。
湯気のたつカップとお菓子をのせたひと皿がテーブルに運ばれると、自然と呼吸が深くなる。
ふたつの部屋の間には、それぞれのものづくりをそっとつなぐような小窓がひとつ。
陽だまりのようなこの場所で、ふたりの女性の人生がそっと交差する物語に触れた。

お店を営む 坂田寿子さん、松本かおりさん
ふたつの部屋を小窓がつなぐ

喜びの源泉

家庭的なお菓子とお茶を担当するpeaceful space の坂田さん。
パティシエになる夢を抱き、大学を卒業後、製菓の専門学校に通いながらカフェでアルバイトをしていた。
ホール担当のつもりでいたが、せっかく製菓を学んでいるのだからと調理も教わることに。
キッチン担当のスタッフが楽になればと思い、教わったことを先に仕込んでおくととても喜ばれた。
ホールに立ちテーブルをまわると、注いだ紅茶に歓声をあげてくださるお客様。
カップのなかに、喜びの泉がぷくんと湧く。
学ぶことと相手に喜んでもらえることがうれしくてたまらない。
坂田さんは目指していたケーキ屋ではなく、楽しさに出会わせてくれたアルバイト先に就職する道を選ぶ。
お店に立ちながらいつも待ち望んでいたのが、本部から届く新しいメニューの報せ。
やがて商品企画の仕事に憧れ、カフェを運営する東京の本社へ転勤した。
慌ただしくもやりがいのある日々だったけれど、次第に紅茶のセミナーなどを担当する機会が増えていくと、人と触れ合う楽しさの中にもどりたいという気持ちが高まる。
現場を離れて7年、忘れかけていた感覚を思い出していた。

食卓を囲んで

そんな中よくごはんを食べに来てくれていた会社の友人から、料理を教えてほしいと頼まれる。
勤めながら月1回ほど友人たちと料理をし食卓を囲む時間が楽しくて、仕事にするならこれだと思い至った。
上司に退職を申し出ると、長年一緒にやってきたんだから、仕事のないときは今までのように働いてはどうかとの提案。
契約社員として会社に籍を置いたまま、自宅でちいさく料理教室をはじめた。
数年後、父親の病気がきっかけで東京を離れることになったが、料理教室ならきっとどこでもできる。
そんな想いで、坂田さんは関西に戻った。
大阪・箕面市に借りた自宅に教室を移すと、やわらかい人柄が評判を呼ぶ。
主婦やひとり暮らしの女性がスーパーで買える食材で作れることを大切に、暮らしに取り入れやすい料理を心がけた。
家族に意見を募っては試作を重ね、新しいメニューに向き合い続ける。
いつしか坂田さんの料理教室は、予約を待つ人が現れるまでになっていた。

料理教室がつないだ縁

布もの制作を担当する 松本家庭科室 の松本さん。
服飾に関わる仕事をしながら「評判の料理教室」に興味津々なひとりだった。
キャンセル待ちを願い出て、持ち前のフットワークで空きが出るとすかさず参加。
やがて月1回の教室に通うようになり、料理が全くできなかった自分でも帰ったらやってみよう!と思わせてくれる、坂田さんの料理に魅了されていく。
教わった料理をすぐに作って友人にふるまう行動力は、だれかに喜んでもらえることが好きな松本さんだからこそ。
パーティーのような盛り付けをまねしたり、今まで作ったことのない料理でもてなして喜ばれることがうれしかった。
やがて熱心な生徒だった松本さんと坂田さんの親交は深まり、プライベートな時間をともにする仲に。
坂田さんがイベントやケータリングに出店する際のお手伝いを、いつしか松本さんにお願いすることが増えていった。

人柄を結わえる

幼いころ、松本さんの服はすべて洋裁の好きな母の手縫いだった。
身近にあった縫いものに自然と惹かれ、洋裁の専門学校へ。
アパレルのパタンナーとして勤めたあと、CADで型紙の修正やサイズ展開をするオペレーターとして2年半ほどを東京で過ごした。
母親の病気がきっかけで大阪に戻り、友人が営む子ども服の会社でアルバイトとして働いていたころ、坂田さんの料理教室に出会う。
手先が器用で小物を作っては教室に持っていきプレゼントしていたが、服を作るのは苦手で自信がなかった。
ある日、坂田さんがつないだ縁が転機の種となる。
それが、松本さんがはじめて縫ったカフェのワークコートだった。
数は少し、アンティークのリネン生地があり、イメージも決まっている。
カフェを営む友人から縫える人を知らないかと尋ねられた坂田さんは「松本さんしかいない」と思った。
これが服作りのはじまりとなり、違うお店からも声がかかるようになる。
オリジナルの服を作りたくても少量だと業者から断られることが多く、困っていた人たちにとても喜ばれた。
気さくな人柄と早くて丁寧な仕事が人気を呼び、だんだん自信もついてきた。
今はお店を持たなくても個人で販売できる時代。
縫うことを仕事にできるかもしれない。そう思うようになった。

ふたりのタイミング

一方坂田さんには、友人から展示やマルシェで販売するお菓子を焼いてほしいと声がかかる。
料理教室の傍らで月1回ほどお菓子を焼く時間に、ふと歩む道を見つめなおしたい気持ちが芽生えた。
スコーンを焼きながら懐かしい楽しさを思い出す。

そうだ。
わたしは最初、お菓子を焼いていたんだ。
おばあちゃんになってもずっと続けていきたいと感じること。
料理教室でさえ手狭な自宅のちいさなキッチン。
お菓子を焼くためのもっと広い場所がほしいと考えるようになった坂田さんは、生徒さんに惜しまれながら教室を閉じる。
そのころ、松本さんもまた縫う仕事にぼんやりとした夢を描きながら、アルバイトを辞めたばかり。
ネット販売でもしてみようかなと普段より改まった調子で語る姿に、彼女もまた節目にいるような印象を受けた坂田さん。
ひとつのアイディアが浮かぶ。
わたしたち、いっしょにするのはどうだろう?
松本さんはお店を持つとまでは考えていなかったけれど、ずっと憧れていた教室の先生からのまたとないお誘い。
先生とならやってみようと、こころよくその提案を受け入れる。
ひとりのつもりだったけど、ふたりでやることを想像したらなんだかおもしろそう。
それぞれの道を歩いてきたふたりの足並みがそろった。

「いい場所」からはじまる

イメージは、テイクアウトのお菓子・小物の物販というコンパクトなお店。
互いに利用する宝塚沿線で、ふたりがものづくりをする場所を探しはじめた。
いい物件に巡り合えずにいたところへ、友人から自宅近くの空き家を勧められる。
連れられて行ったのは、庭のある2階建ての一軒家。
描いていた店舗とは全く違ったが、ふたりそろって「いい場所だな」と感じた。
時々風通しをされていた家は古いけれど、持ち主の方が素敵に住まわれていたことが伝わってくる。
予定していた物販だけでは持て余す広さ。
ここなら、ゆっくりくつろいで楽しんで帰ってもらう場所だなと構想が広がる。
元々の魅力を活かし、改装は最低限に。
10年以上空き家だった高台の家に、光が差し込む。
ふたりのお店がはじまった。

灯るところ

pōという名は、この家に足を運んだ友人のアイディアから。
シンプルさや可愛らしさ、呼びやすさに惹かれた。
外から見て、お店のなかに「ぽっ」と灯るやわらかい明かり。
そこからぬくもりが感じられるような、ここにきてぽーっとしてもらうイメージを重ねる。
坂田さんの peaceful space は、料理教室をはじめたころにつけたもの。
教室が、ゆったりと和んでもらえる穏やかな場所であればいいなという想いを込めた。
松本さんの 松本家庭科室 は、このお店をはじめると同時にブランドを立ち上げたので、布もの作家としての活動名もいっしょに決めた。
しゃれた名前は苦手なので、洋裁店・実験室のようなイメージで考えていたところ、ほかであまり使われていなくて自分らしいと感じた「家庭科室」という言葉を選んだ。

ふたりだからできること

ゆったりとした時間を過ごせるカフェと、お客様とちいさな信頼を積み重ねてきた布もの作りは、人づてに広がりを見せている。
それぞれ自分だけでやっていたら巡り合えないお客様との出会いもあり、ふたりだからこその広がりも感じる。
もっぱらの課題は、ふたりが「いいところなんです」と声をそろえるこの場所をもっと楽しんでもらえるように使っていきたいということ。
静かで、庭も広い。
ワークショップやお店を営む友人たちを招いてのイベントなどを描いている。
そして、楽しみはもうひとつ。
お昼ごはんの賄いを手分けして作り、いっしょに食べる時間。
美味しいものを誰かと分かち合って食べる場が好きで、それを通じて出会ったふたりが、お互いに相談をしたりたわいもない話をしながら楽しむ、日々の営み。
ふたりだからできること。
この場所だからできること。
そんなことを、この場所で探し求めていく。

編集後記

素朴ながらも野花のようなさりげない彩りのお菓子。
飾らないけれど色づかいや、ちいさなアクセントに“らしさ”の宿る布もの。
どちらも、まるで作られるご本人がそのまま形になったようで、おふたりがご自分に正直に生きてこられたことを感じさせる。
穏やかでこちらの言動をそっとすくいあげてくださるような坂田さんと、潔く快活さのなかにさりげない心配りの光る松本さん。
作っているものもキャラクターも異なるように見えて「だれかに喜んでもらえること」を原動力をする共通点が見える。
芯となる部分が通ずるからこそ、自然な流れでとなりにいるに至ったのだろう。
このお店が生まれるまでの道のりには、たくさんの人との関わりがつないでくれた縁があふれている。
ここに足を運ぶと心が綻ぶのは、きっととなりにいる人を大切にしてこられたおふたりが作った場所だから。
まるで陽だまりで昼寝をする猫になったように心地よい、一朝一夕では作り出せない温かさに、おふたりの誠実な生き方を垣間見た。

( 写真、文 = Yuki Takeda )


兵庫県宝塚市長尾台1-9-13
営業時間 11:00-17:00
定休日 水、木、金曜日、不定休

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