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「場所をめぐる想いの連鎖」


”カフェ”とは広義で、利用する人にとって捉え方は人それぞれだと思います。
美味しい食事を楽しむ場所、お話をする場所、くつろぐ場所などなど。
いずれもその場所があってこそ成り立つもの。
たくさんの人が足を踏み入れ、言葉を交わし、過ぎ去っていく。
そうすることで、その場所に宿されたどこかあたたかい熱のようなものが想いの引力となり、人と人を引き合わせ、次の世代にも継承されていくのではないでしょうか。
ひとつの場所をめぐる物語のはじまりです。

店主の大西文佳さんとサモンさん

身近にあった未来の種

 

中学生の頃、祖父が認知症になった。
それがどんな病気なのか、まだ理解できる年齢ではなかったので少し疎ましくさえ思っていた。
ところが祖父がデイサービスを利用するようになり、見違えるほどに状態が良くなっていく様子を見て、福祉にはこんなにも人を変える力があるのだと感銘を受ける。
その出来事がきっかけで、高校生の時には福祉に関わるアルバイトをするようになり、人と関わることの楽しさを体で覚えた。
おのずと見ていた方向はこれからも福祉の仕事をやっていきたいということ。
大学でさらに勉強をして資格を取り、就職も福祉関係の仕事に就いた。

この場所が紡いできたもの

関わり方の変化

 

福祉の仕事は充実していて、やりがいもあり、主人のサモン(ニックネーム)さんと出会うこともできた。
休みの日には趣味である料理やカフェ巡りをしていた。
そこでお店をしている人たちの、人生を楽しみながら生き生きと働いている姿を見て、少しずつ自分の気持ちが変化していることに気づき始める。
福祉の仕事ではもの足りない何か。
本当に自分が好きなことってなんだろう、と考えるようになってきた。

福祉施設の現場で感じていたことは、普段は静かな対人関係も食事が真ん中にあることで、会話が生まれ活気が出るということ。
自分にとって関心があるのは、コミュニケーションツールとしての食事にあるのではないか。
福祉も食も、それらを通して人と関わり合うことにおいては本質的に同じもの。
次第に明確になってきた気持ちが、カフェ巡りをしていた中でも、お気に入りのひとつであったシチニア食堂(兵庫県宝塚市)のお手伝いをさせてもらうことで変わった。
好きなことをして生きている大人になりたい。
なにより食に関わっている時間が楽しかった。

巣のように帰ってくる場所をイメージしたロゴデザイン

食の職へ

 

飲食業界が大変なことは周りから十分に聞かされていた。
でも気持ちは十二分に傾いている。
今やりたいと思っていることをやってみよう。
いつか自分のお店を持ってみたいと目標を定めた。

そうして福祉の仕事を辞めて、とある大手のカフェに就職した。
表向きの世界とは違う、予想以上にハードな仕事で精一杯続けられたのは8ヶ月間。
次はアルバイトで調理に携わることで、少し気持ちが楽になり、新しいことを考える余裕ができた。
実店舗がなくてもレンタルカフェという手段なら少しずつでも始められる。
そう思い立ちアルバイトをしながらレンタルカフェで6回ほど営業をしてみたら楽しくて仕方なかった。
その時に決めた屋号を今も使っている。
大西さんとこに行こう、と身近に、気軽に思ってもらえるように願いを込めて名付けた。

やさしい空間

邂逅

 

レンタルカフェで得た経験は自信になった。
次第に自分のお店の構想は膨らんでいき、店舗物件を探し始めるようになった。
目に留まったのは、ある不動産会社が紹介していた説明文。
元は「ゆにわ荘」という学生寮だったところを住居付き店舗としてリノベーションした物件だった。

”もう一度、人が集まる場所にしてほしい”

大家さんの想いのある言葉に心がざわざわした。
実際に足を運び見せてもらうと、その感覚に相違はなく、思い描いていた理想のお店のイメージが一気に広がった。
場所、建物、大家さんの想い、すべてに一目惚れ。
具体的にどんなお店をするかまだ決めていなかったし、開業資金も準備できていなかったのに、物件を先に決めてしまった。
チラシを作って「お店を始めます」と周りの知人や、レンタルカフェでつながったお客様へ告知した。

大家さんが作った学生寮だった時のアルバム
無機質に並べられた風景が愛に満ちてます(閲覧可能)

 

 

手間取るお店作り

 

はじめは夫婦二人でお店をしようと話し合っていたから、文佳さんは飲食のアルバイトを辞め、サモンさんは福祉の仕事を辞めた。
引越しを済ませ、すでに住居としても使っていたので家賃は発生している。
ところが、借入をするための事業計画を練っていくうちに、二人で出せる利益でお金を返していける根拠がないとわかり、サモンさんには止むなく別で働いてもらうことにして、とりあえず一人でやっていこうと決心した。

スムーズにいかないことはそれだけではなかった。
お店の施工を知人の工務店にお願いするも、全行程をすべて任せてくだいという方針に違和感を感じてしまった。
それは自分たちや友人たちと一緒に、お店を作っていくという過程を大事にしたかったから。
一目惚れをした場所、念願である自分のお店、一秒でも長く関わりたいと思った。
このままではきっと後悔する。
知人に依頼したゆえに、悩みに悩んだあげくお断りをした。
物件を契約してから半年が経ち、また振り出しに戻った。

日を追うごとに支出は増えていくばかり。
見通しが立たなかったので近くでアルバイトも始めた。
そんな路頭に迷っていた時、以前シチニア食堂を手伝っていた時につながりのあった建築家の奥田さんは、自分たちの過程を大事にする気持ちを汲んでくれたので、依頼をしてみると快く引き受けてくれた。
左官ワークショップなどを通じて、みんなと一緒に納得のいくお店を作りあげることができた。

二度と味わえない時間

やっぱり人が好き

 
晴れてお店をオープンしたのは、物件と出会ってから1年半後。
長い時間がかかったけど今までに経験したことのない充実感だった。
イベントを積極的に行ったり、同時期に動き出したエコファームミナモトさんの野菜販売など、食事を起点として人が集う場所作りを常に意識していた。
それは大家さんの想いを継承していることでもあるし、自分自身の中に脈々と流れる、人と関わることで得られる喜びの大きさでもあった。
お店は関西大学のすぐ側、卒業した人がまた帰って来てくれるとうれしい。
たとえ会話がなくても、いつもの人が来てくれるだけで安心する。
他愛もない世間話にさえ心がほころぶ。
そんなことを考えてるだけで一日が楽しくなる。
ほんの些細な心の動きが自然とお客様に伝播して、次第に認知も広がっていった。

つなぐ縁が和になる

受容と理解

 

主人のサモンさんについて。
文佳さんの好きなこと、やりたいことに向かっている姿勢を全面的に応援している。
お店のための資金にと新婚旅行はひとまず諦めた。
こんな人生もおもしろいと見方を変えて受け入れる。
福祉の仕事を辞めて二人でお店を始めようと覚悟を決めていた。
結果的に二人でできないとなったけど、またいつでも手伝えるようにと、経験したことのない飲食店でも働き始めた。
でも、やってみてあまり合わなかったので福祉の仕事に戻ることにした。

そんなサモンさんの生活の軸となっているのは、社会人になってすぐに始めたブラジリアン柔術。
ブラジリアン柔術の説明はさておき、練習をしたくてうずうずするほど心の拠り所になっているそう。
身体を整えるためにも食への関心はもともと強くある。
中でも、相手を倒すための工程が多く、戦略的なおもしろさに魅力があると言う。

ある日ふと、道場の先生がブラジリアン柔術とは違う仕事をしている姿を目にする。
道場の経営をしながら、子育てをしながら、それを続けてくために別の仕事もやっている自分らしい生き方を見て強い影響を受けた。
生き方や働き方は自分で選んで決めていいんだ。
その気づきは、文佳さんのやっていることにも理解が生まれているし、同時に文佳さんの生きる姿勢に感化されたことでもある。
心境の変化はひとつの提案を導いた。

オリジナルの曲げわっぱ弁当箱は返却すればご利用が可能(10個まで)

新しいスタート

 

サモンさんは開店当初から別で仕事をしながらも、休みの日にはお店の手伝いをしていた。
ずっとそばで見てきて思ったのは、まだまだやれる可能性があるのではないかということ。
お客様が増えていることも実感していた。
少し手伝うだけではどうしても補助的にしか役に立てない。
二人でやることによって自分の役割を作ることができたら、もっとお店がよくなっていくのではないか。
文佳さんに提案してみた。

「一緒に働ける?」

文佳さん自身も約3年間お店をしてきて、一人できることに限りがあると感じていた。
もっとメニューが選べたり、もっと時間を長くしたり、いろいろやってみたいことをずっと胸の内に秘めていたから、その提案に快く「はい」と応えた。
そう思えたのは始めから二人でやるのとは違い、今まで一人でやってきたからこそ生まれた感情。まだまだ一人では行けない場所に二人で行ってみたい。

2021年10月の3周年のタイミングでonishisantokoは夫婦のお店としてアップデートする。

伝えたいことがたくさん(閲覧可能)

編集後記

 

福祉も飲食も人に喜んでもらい笑顔にする仕事。
それは仕事という枠に収まることのない、人間に備わっている根源的な欲求と言っても過言ではありません。
どちらも大変な現場ではあるけど、人との関わりの中で得られる喜びがやっぱり心地いい。
その気持ちはぐんぐんと前へ進み、不意に訪れた出会いで空想が弾け、そんな文佳さんの先に走り出してしまった想いに、サモンさんが後から輪郭を見つけながら追いついたのだと思えました。次のステージでは文佳さんの直感と、サモンさんの客観性がきっとうまく噛み合うでしょう。
そこにブラジリアン柔術の戦術がどう活きてくるかが楽しみで仕方ありません。

元が学生寮だったということは、今までにたくさんの人がその場所を通ったということ。
今のお店も食事のできるカフェだけではなく、イベントスペースなどで活用をしているくらい、たくさんの人が行き交う場所として機能している。
大家さんの想いに深く共感し、同じ場所で、違う形で自身の想いを重ねていく。
いい循環が生まれていることに、その場所もきっと喜んでいるはず。

( 写真 = 大西 文佳 、文 = 大野 宗達 )


大阪府吹田市上山手町1-5
06-7709-1361
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