CIRCUS COFFEE

「寛容さのサステナブル」


昔ながらの町屋の一角に佇む、らしからぬカラフルなお店。
そこから聞こえてくるのは焙煎機の唸る音、漂うコーヒーの香り。
誘いつられるままに足どり軽く暖簾をくぐってみれば、すべてを受け入れてくれるような店主の人柄に吸い込まれていく。
コーヒーを通して眺める景色は人それぞれ。
ひとときの安らぎを与えてくれるもの、感謝の気持ちをだれかに伝えるためのもの、人と人がつながるきっかけになるもの、コーヒーにまつわる情景が見えてくるもの。
辿ってみればそれは世界とつながっていて、そこには必ず人が関わっている。
コーヒーひとつとっても少し想像力をはたらかせるだけで、世界の見え方は変わってしまう。
私たちが考えないといけないこと、考えていきたいこと。
たくさんの学びがあるお話を聞けました。

店主の渡邉 良則さん、文さん夫妻

貴重な原体験

大学では水産学科だった良則さんは技術職に関心があったので、卒業してから真珠を養殖する会社に就職した。
勤務地は当時インドネシア、西ティモールという地域。
海外に興味があり手に職をつけて世界を渡り歩くのが夢だった。
ところが周りを取り巻く環境は、隣国の東ティモールが独立するかしないか激しい内紛の真っ只中。
(現在東ティモールは独立)
治安が悪くデング熱にもかかり約2年の滞在で帰国を余儀なくされた。
そこで見えてきたのは、途上国の人たちが大変な思いをして先進国の人たちが儲かっているという構図。
現地の人は表向き日本人を敬ってはくれるが、自然を使ってお金儲けをしているという無言の圧力は態度に表れていたし、実際にたくさんの事件を見てきて、その感情は抑え切れていなかった。
ちょうど国の変革期であったとはいえ、良則さんが現地で目の当たりにした言葉にならない違和感はその後も心の奥底に沈澱していった。

コーヒーの裏側

帰国後に仕事を探していたところ、ある食品会社がコーヒーの焙煎工場を新しく作るという募集に目がとまった。
業務内容を見てみると、流通の関係で海外と関わりのある仕事であったことや、ブラジルに行けるという謳い文句に強く惹かれた。
それまではインスタントで済ませていたくらい、コーヒーにこだわりがあったわけではなく、海外と接することや流通への関心の方が大きかった。
心を決めて就職をし、コーヒーの勉強をいちから始める。
新設の職場だったので、味の研究や品質管理など多岐にわたる業務に携わることができ、まさにコーヒーの世界を勉強をすることがそのまま仕事になっていった。
フェアトレードやサステナブルなど自分が関心を寄せる分野も含めて、これまでの海外経験とうまくリンクした。
会社の規模が大きいので、扱う量も多く、いいもの悪いもの幅広い品質までを取り扱う。
限られた予算という制約がある中で、いかに最上級の美味しさを追求し表現できるか。
悪いものも含め全体を見て知った上で、いいものを選ぶ大切さを学べたことが大きかった。
大きな組織だから品質より流通量を優先している印象が先行してしまいそうだが、実は量の方が結果的にコーヒーに携わっているたくさんの生産者を救っているのではないか。
底から価値を高めることが全体の価値を高めることにつながるという気づきは、物量の多い部分を知れたからこそだった。

人生の岐路

ブラジルへの視察も経験して、ひと通りコーヒーについて学んだ良則さんは、次にもっとお客様の近くで働きたいと思うようになってきた。
食品会社を辞めて、関西発祥の老舗であるHIRO COFFEEに就職する。
コーヒーを通して現場目線で見えた世界は、これまでとはまた違ってとても刺激的な学びだった。
飲む人の立場になることを最優先に、浅煎りや深煎りとこだわりすぎず柔軟にお客様に提案することの大切さや、豆売りと喫茶の客層が違うとわかったことは後々の役に立った。
それと同時にどうしても帰宅時間が遅くなってしまうという飲食業界の大変さも実感した。
子供が子供らしくいられる時間を一緒に過ごせないことに、疑問も感じ始めていた。
次に歩む人生を考える上で、HIRO COFFEEで勤め上げるか、自分でお店を経営するかの選択をする岐路に立った。

社会との不和

奥様の文さんとは大学時代の部活の先輩後輩の関係。
文さんはカラフルな手芸素材、ボタンやビーズが好きで、ヨーロッパから仕入れた手芸材料を扱う店で働いていた。
大好きなお店で、個性光るスタッフと嬉々として作品を作ることが好きだったし、お客様の要望に合うものを提案するオンリーワンな接客が楽しかった。
天職だと思っていた。
そんな大好きな仕事に就けていた文さんにとっての大きな転機は、出産を経て職場復帰できなかったこと。
女性として出産を機に変わらざるを得ない環境や社会の在り方に悔しさを憶えた。
良則さんのすすめで同じHIRO COFFEEのパートスタッフで働かせてもらうことに。
まだまだ女性の活躍できる社会が整っていないことに疑問を感じ、その感情がずっと拭いきれなかった。

人が集う場所

開業に至ったのは働き方だけではなく様々なタイミングが重なったから。
子供との時間を作りたかったのはもちろん、小学校進学の時期、京都にある実家の近くに戻りたかったことや、一目惚れした物件との出会い。
コーヒー生産者の声をもっと自分の言葉で、お客様の近くで届けたいと思った。
今までの経験から、カフェ業務をするとどうしても時間を取られてしまうので、豆売りだけでいくことに決めた。
文さんの発案で、店名はサーカスコーヒーに。
サーカスのように人が集まる場所、楽しさを知るきっかけになる場所。
昔ながらの茶色いコーヒーのイメージを払拭したくて、色をたくさん使いカラフルにした。
コーヒーの間口を広げるためにも、ロゴマークに可愛いさを起用したのは女性目線ならではのアイデア。
入りやすいお店、プレゼントしたくなるコーヒー、新しい価値を提案できたのは前職の経験があったからこそだった。
良則さんも外側の部分は文さんにすべて任せた。

想いの順番

お店のコンセプトは家の時間や暮らしを大切にしてほしいという願いのもと、コーヒーを淹れる時間の豊かさを伝えたいと思った。
良則さんは、流通の世界を見てきた経験から、品質のいいものをきちんと消費者に届けることが生産者にとってもいいことだと、スペシャルティコーヒー専門でいくと主張した。
反対に、文さんは主婦目線としてその値段の高さに納得がいかなかった。
目的は同じでもそこに至るまでの道のりに対立こそ生まれたものの、最終的には優先順位の整理をしてスペシャルティコーヒー専門でいくことに落ち着いた。
提案の仕方次第ではお客様にも納得してもらえるくらい美味しいものだと自信があったからこそ。
開業当初は、良則さんが一人でお店の営業をすることに。
軌道に乗るまでは暇だったけれど、子供の送迎や家事などを同時にこなし、そこに自分の存在意義を見出していた。
何より家族と過ごせる時間が目の前にあることはとても大きな喜びだった。

原点からつながっている価値観

開業から一年と経たずとして、テレビで紹介されたことをきっかけにオリジナルのカフェオレベースが人気商品となり、お店は忙しくなっていく。
文さんもお店に立つようになり、当時はまだ新しかったスペシャルティコーヒーという概念を、もっとわかりやすく伝えることに二人で試行錯誤した。
値段が高いだけのコーヒーだと言われるのが悔しくて、HIRO COFFEEで得た教訓をもとに、飲む人の立場に立ってお客様に合った提案ができるような品揃えで対応した。
その方がサーカスのイメージでもある賑やかさとも結びつく。
そして、文さんのお客様の要望に寄り添った接客のスキルが十二分にここで発揮されることとなった。
豆売りという性質上、お客様にとってはどんな味かわからないので、試飲をしてもらうという手法もあるけれど、生産者に対しての尊敬の意から無料で出すものではないと、お店での試飲は一度もしなかった。
まずは飲んでもらって納得してもらうことにこだわった。
そのためにも対面のコミュニケーションを何より大切にした。

コーヒーを起点とした社会との関わり

バタバタと過ぎていく日々があっという間に気づけば10年。
苦労を苦労と感じる暇もなかったくらいコーヒーに関わる仕事が充実していた。
店舗展開をしていくというよりも、人が集まるイベントの企画やリカレント教育に時間を注ぎ、地域に根ざした活動を優先した。
とはいえオンライン販売も手掛け、物理的な距離の近さよりも、共感の中でつながる距離感であればいいと語る。
そのための発信やコミュニケーションは常に怠らなかった。
二人が目指しているのは、コーヒーを通じてつながるあたたかくて寛容な社会の未来図。
そして、それが続いていくこと。
自分たちが経験をして感じてきた格差や働き方、流通の現実が少しでも是正されるようにと願っている。
話せる人がいることと出会える場所があること、それがたまたまコーヒーというツールであっただけで、お店はその役割を果たす場所という位置付け。
互いを知らない人同士がコーヒーをきっかけにしてコミュニケーションが生まれた時、二人は大きな喜びを実感する。

編集後記

お二人の話を伺ってみて、歩んできた道のりこそ違うものの、似てきたのかそうでないのか描く方向性が自然と集約されている印象でした。
互いの意識が根本では社会に向いていること。
コーヒーがその待ち合わせ場所になっていること。
人生のビジョンさえ明確に見つかっていれば、選ぶ道はおのずと決まってくるのではないでしょうか。
その小さな兆しは、言葉にならない違和感や悔しさを憶えた体験から生まれることも多いので、自分の心の声に耳をすますことが大切だと思いました。
商品のやり取り以上に、人と人が関わりあうための社会と接点になるお店。
そこに大きな大きな価値があるように思えてなりません。
共感でつながる場所にたくさんの人が集まれば、まもなく楽しい演目が始まることでしょう。

( 文 = 大野 宗達 )


京都府京都市北区紫竹下緑町32
075-406-1920
営業時間 10:00-18:00
定休日 日、祝、月曜日

https://www.circus-coffee.jp/

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