ボレロ食堂

「ちょうどいいところ」


大分県の中心地からすぐそばにある、食堂らしからぬ雰囲気を感じさせる佇まい。
階段を上がり扉を開けると統一感のあるしつらえに、どこか落ち着く空気と音が流れていた。
空間が何かを語りかけてくる予感がする。
料理の美味しさだけではなく、その周りにある大切なこともきちんと伝えたいというメッセージが一箱のお弁当から立ち現れている気がした。
それが何かを知りたくて、中に詰まっているものをひとつひとつ丁寧に味わっていくように耳を傾けました。

オーナーの篠原健士さん、優美さん

かっこよさを追いかけて

店主であるご主人の健士さんは、学校の先生になりたくて大学で教育を学んだ。
2回生の頃に足を踏み入れた飲食のアルバイトをきっかけに物語は始まっていく。
当時流行していたカフェ文化の在り方に衝撃を受けた。
人が集まる場所としての空間、そこで交わされる会話、どこかファッションを楽しむことと似ているような感覚、食べること以外の要素も含めた全体の空気感が目の前にかっこよく映った。
何よりそこで働く大人たちの姿がキラキラして見えた。
大学はきちんと卒業して教員免許を取ったけれど、カフェ文化への憧れの気持ちは収まらず飲食の世界に歩みを進めることに。
カフェの街である神戸で就職することも視野に入れ、家を探しに下見がてら友達と船で向かっていた時に、地元の知り合いから新しいお店の立ち上げのお誘いがあり、ひとり愛媛県松山で降りて地元大分に残ることを決心した。
あれこれと深く考えない、その時に直感がはたらき感性の赴くままに行動してきた。
はじめてのお店では早々に店長を任され、ある程度自分の好きなことをできる環境が楽しくて、洋食屋やバーでの経験もそこそこに、勢いそのまま27歳の時にボレロ食堂をオープンする。

歩幅はそのまま

料理人という自覚はあまりない、お店を始めるのに準備しすぎてもよくない、自分の作ったお店を通して人と人が関わっていく風景をただ早く間近で見たかった。
食堂と名付けたのはあまり枠に捉われずに、あくまでも場所としての役割を主張したかったから。
ボレロという名の通り、その音楽の構成は単調な一定のリズムからいろんな楽器の音色が足されて繰り返されていくことを意味するように、食を軸にいろんなシーンに合うような料理を提供できるようなスタイルにした。
主にダイニングレストランとして、結婚式の2次会やパーティー料理まで、途中で移転をしながらも、その時々の時代性に合わせるような営業を続けていた。
そのため新型コロナウイルスの猛威にもある程度は柔軟に対応できた。
料理教室やワークショップ、テイクアウトへと移行していくことに。
しかし、夜の営業をメインにしていたので昼の営業にシフトしていくにあたってスタッフの確保が難しくなっていく。
学生のスタッフは自然と辞めざるを得ない状況の中で、困惑もほどほどに一定のリズムは止むことなく新しい仲間が加わることになった。

抱える制約

奥さんの優美さんは、生まれつき筋力が弱っていく病気を患っていた。
人によって様々な身体の筋肉を弱らせていく。
優美さんの場合は症状が足に現れた。
小学生の頃から徐々に言うことを聞かなくなってくる自分の足と対峙する日々の中で、子供と関わることが好きだったので将来は座ってもできる仕事をとベビーマッサージの先生を志すことに。
仕事を始めた頃、高校のクラスメイトだった健士さんが働くお店の手伝いをする機会があった。
あることをきっかけにして誰にも理解されず、ずっと抱えてきた葛藤が少しほころんだ。
不意に出た弱音を受け入れてくれたこと、一歩踏み込み寄り添ってもらえたことが二人のはじまりになった。
対等に同じ歩幅で人生を共にできる存在は、今でも大きな大きな心の支えになっている。

自分との出会いなおし

優美さんの病気に効く薬や治療法はまだ見つかっていない。
歳を重ねじわじわと進行してくる筋力の低下に気持ちは窮屈になっていく。
結婚をして二人の子供を出産して、思うように動かなくなってくる自分の足と、母親としてできることへの責任が互いに乖離していった。
自分が元気にならないといけないのに。

特に料理が作れなくなることに強い恐怖心を抱いた。
食養生などを中心に食事療法も試み、次第によくなっていく手応えがあったものの大きな変化は見られない。
ただ食とじっくり向き合ってみて得られた気づきはバランスにあった。
自分に合ったバランスを見つけること。
もともと人が好きで仕事が好きで外にエネルギーを向けるタイプだったけれど、いろんな辞める選択をしたことで、幾度となく向き合ってきた自分ではなく新しい自分と出会いなおせた。
最良の治療法はもしかして自分の中にある考え方のバランスを見つけることかもしれない、そう思った。

外からの視点

そんな優美さんの気づきのタイミングは、コロナ禍で困惑している健士さんのお店にピントが合った。
食を通してバランスの大切さを伝えることはできないだろうか。
お店の動きを止めたら終わってしまうという焦りもあり、二人で力を合わせて風を起こし人を動かそうと、気持ちを新たにお弁当を中心とした営業スタイルに変えていった。
しかし思うように足の動かない優美さんが実際にできることは、健士さんが目の前に用意してくれた料理を容器に詰める作業だけだった。
ただそんなことで気負いしている場合ではない。
頭と口は健康以上だ。
いち消費者としての立場から、女性目線での立場から、毎月メニューを変えパッケージやデザインも同じように変えていき、お客様に飽きられないような工夫をした。
健士さんも新しく加わった視点がお店にとっていい効果だと思ったし、何より二人で仕事できることがうれしかった。

まごわやさしい

二人で半年ほどは乗り切って、徐々に新しく頼れるスタッフも増えていくことに。
もっと具体的にボレロ食堂にとってのお弁当がどうあるべきかを考えていく。
健康や体にやさしいという観点からマクロビオティックやヴィーガンという選択肢もあったけれど、制約に縛られることそのものが心の負荷になってしまわないだろうか。
そこで、お肉も魚も野菜もバランスよく食べることが大切だと、和の健康食の合言葉「まごわやさしい」をコンセプトにしたお弁当を作った。
豆、胡麻、わかめ(海藻類)、野菜、魚、椎茸(きのこ類)、芋、の頭文字。
”まご弁”と謳い、そのバランスを軸に毎月のメニューを組み立てている。
それはずっと自分の内側に制約があった優美さんだからこそ導きだされた解だった。
歩けないかもしれない、という思考の枠組みをつくることで、できる行動を自ら規定してしまう。
意味を持たせすぎない、決めつけない、曖昧さの中にあるバランスをうまく見つけることを大切にした。

食に秘められた可能性

優美さんは飲食の現場に入るようになって、料理の価値が正当に評価されていないことに違和感を覚えた。
今まで夜遅くに帰宅する健士さんを目の当たりにしながらも、実際に自分が当事者として関わるようになって飲食の業務諸々の大変さを痛感した。
みんなが対象となる食事、食べて終わるだけではもったいない、レシピやおもてなしをもっと価値のあるものに変えていくために何ができるのか、どう伝えていけばいいのか。
筋力の低下は最近になって足だけでなく手にも現れてきている。
だからこそ進行する病気と向き合いながらも、今自分ができることを全力で行い何かの形にしたいという願いが強くある。
人と人の緊張感が解ける瞬間は飲食ならではのおもしろさ。
マイノリティな感性だからこそ見える視点と気づき。
正しい食の価値や自分の病気と食が結びつくことで元気になっていくプロセスが、社会に対していい事例のひとつになれたらと考えている。

心と身体、暮らしと仕事

ボレロ食堂にとって、まご弁はあくまでもひとつのコンセプトにすぎない。
健士さんが作る料理で料理教室やワークショップを入り口に、お店を通じて人と人がつながるようなコミュニティ作りを目指している。
食の発信地としてのボレロ食堂をいかに次の世代に合わせた環境で整えていけるか。
まだまだ課題はたくさんあるけれど手応えは感じている。
暮らしに合わせた仕事づくり、食を通じて伝えたい健康や栄養の大切さ、そして家族や一緒に働くスタッフたちのこと。
これからも自分たちに合ったちょうどいいところを探し続けていく。

編集後記

どれだけお話を聞いても、どれだけ背景を知っても、どれだけ洞察をめぐらせても、当事者にしか本当の気持ちはわかりません。
今回センシティブなエピソードを扱う上で、言葉の使い方には細心の注意を払いました。
言葉にするという作業もまた枠をつくり、意味を制限するということだからです。
全体を通して根っこにあったキーワードは”バランス”だと思いました。
そのちょうどいいバランスを見つけるためにできることは、誰かに教えてもらうのではなく自らの試行錯誤の連続でしかありません。
自分にとって本当に大切なものが何かの選択をしっかりと見極めること。
食の現場から学べることがまだまだたくさんありそうです。

余談ですが、お二人の名前をアナグラム的に見ると、健やかさと優しさの間でプラスマイナスがバランスを指し示しているように見えました。

( 写真 = 木村 智美、文 = 大野 宗達 )


大分県大分市府内町1丁目1-14
097-538-6060
営業時間 11:00〜18:00(完全予約制、不定休・時短日アリ)
定休日 日曜日

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