stance dot

「原点と定点、立ち位置の、これから」


風通しがいい街。そんな印象を抱く豊中市・曽根。
駅の改札を抜けるとまっすぐ伸びる大通り。
空の広さを感じながら足を進め、交差点にどっしりと立つ大きな木を見上げる。
そのとなりにそっと佇むのは、やわらかな白に包まれた空間。
窓から差し込む光。揺れる木漏れ日。行き交う街の人々。
運ばれるお皿の上にひとつひとつ、まるでボーリングのピンのように間隔を保って置かれた料理は、どれもシンプルで身体に染み込むようなやさしさに包まれている。
小さな店内には少し大きいテーブルに隠された物語が、店主の田中さんのよどみない声で語られ始めた。

店主の田中恵さん

子どものころから好きなこと

 

田中さんは、食べることと料理が大好きな少女だった。
他にも本を読むこと、絵を描くこと。成長を経て今もなお好きなことは変わらない。
絵を描くことの延長で、京都の短大へ進学し、大阪・北摂のインテリア会社に就職。
20代前半、描いた図面がかたちになる悦びに浸った。
建築事務所と仕事をする機会が増え、そこに情熱を捧げる人の生きざまに感銘を受ける。
飾ることでまるで何かを生み出しているような感覚を抱いていた今までの自分が、とてもちっぽけに思えた。
インテリアにはない、もっと本質的な空間のもつ美しさや心地よさにすっかり魅了され、建築の世界へ足を踏み出す。
この時期の経験なしに今このお店はないと語るほどに、本物の空間に触れる時間はかけがえのないものだった。
しかし当時は、昼も夜もないような仕事。志したのも年齢的に遅かった。
才能の限界を感じ、やがて退職の道へ。
その後、自分のペースで働こうと思っても、オペレーションなどのサポートの仕事は自分のやりたいことではなかった。
そんな時に胸をよぎったのは、大好きだった食の仕事。
友人を招いてごはんを食べてもらうことはしていた。
今まで仕事になるなんて想像したこともなかったが飛び込んでみたい気持ちになった時、田中さんは生き方を大きく揺さぶるものに出会う。
それが、マクロビオティックだった。

毎日食べても飽きないように、とランチは日替わり

マクロビオティックと体感

 

忙しく勤めていたころから、食事にはこだわりがあった。
玄米食で有機栽培の野菜などを1日30品目食べていて、自身の食生活が完璧だと思っていたにも関わらず、頭を悩ませていたのはコレステロール値の高さ。
薬での治療には乗り気になれずにいたところ、マクロビオティックをしている友人に出会う。
力みがなく軽やかなその生き方に惹かれ、試してみることにした。
本や教室で学び暮らしに取り入れると、医師に薬を勧められるほどだったコレステロール値が下がったのだ。
体感と数字の説得力が強く、これまで正しいと信じていた食生活が大きく揺らいだ。
原因は、砂糖のとりすぎ。
健康的な食生活の傍らで、お菓子づくりが趣味だった。
バター・砂糖たっぷりのお菓子を作っては食べを繰り返す日々。
そのころは砂糖をとっちゃだめなら死んだほうがマシだと思うほどに欲していた。
マクロビオティックでは砂糖は一切とらない。
糖質は炭水化物から摂取できる。昔の日本の食生活はそれで十分だったのだ。
コレステロール値が下がっただけではなく、肩こりや花粉症も治った。
もう戻れない。戻りたくない。
同時に、マクロビオティックの在り方にも惹かれるものがあった。
ひとつまみの塩で野菜の甘さを引き出すおもしろさ。
お肉などの使わない食材があるという制約が、逆に工夫や自由で新しい発想を生むこと。
それに気づいた時、ぼんやりと描いていた自分らしい食のかたちが見えてきた。
まだまだ少ないマクロビオティックのお店という土俵の中でなら、自分にしかできない何かがあるかもしれない。
幼いころから好きだった料理、マクロビオティック、建築が教えてくれた空間の魅力。
生きてきた道が少しずつ重なって、田中さんの立ち位置がついに定まり始める。

シンプルで身体に心地よい焼き菓子

制約の中で生まれるもの

 

まずは隣駅・岡町の居抜き物件をそのまま活かして、小さく始めることにした。
やりたいのはカフェで料理を提供することだが、借りられたのはキッチンだけ。
与えられた条件の中で自分らしさを出せるかたちを模索し、半信半疑で始めたのがランチボックスの販売。意外に好評だった。
半年後にはイートインスペースも借りることができたが、ランチボックスを求めるお客様も多く、そのまま「ランチボックスを販売しているカフェ」がお店の個性となる。
2020年3月、現在の場所へ移転。
そのほんの1ヶ月後に、コロナ禍で緊急事態宣言が発令される。
飲食店を営む人の多くが戸惑う中、そのままコンセプトを変えることもなく、今までやってきたことを変わらずに続けることができた。
たまたま条件に合わせて始めたランチボックスが非常時に思わぬ助けとなったように、お店を始めてから感じる、自分で切り拓くというよりは導かれているような感覚。
自分のやりたいこととその時できることにはズレがあっても、何もかも思い通りにならなくても、制約の中で工夫して淡々と続けていくことで自然と助けられていると語る。

表現の可能性を広げてくれるランチボックス

奇跡のテーブル

 

体調に合わせて小魚などを使うこともあるマクロビオティックだが、田中さんの作る料理はヴィーガン。
動物性の食材・乳製品・白砂糖は一切使用しない。
日本人の体質に合わせ、冷やしすぎないようマクロビオティックの知恵を加えている。
ヴィーガンであることには、とても大切な想いがあった。
自分のお店を始める前にアルバイトをしていたベジタリアンのお店でのこと。
そこには日々、さまざまな理由で食に制限のある方が訪れた。
動物愛護の方、アレルギーをもつ方、宗教上の信条のある方。
その制限の理由も、民族も国籍もバラバラなのに、みんなが同じ料理をとても幸せそうに食べている姿を見て、これって奇跡みたいと胸を打たれた。
政治の世界でどれだけ話をしても、違いが争いの種になったり、理解できない壁になったりするのに、ひとつのテーブルを囲んで同じものを食べて“美味しい”という共通言語で通じ合えていること。
また使わない食材があることで、逆に食べることのできる人が増えるということ。
ヴィーガンは視点を変えれば、とても広がりのある料理なのだと気づかされた。
わたしもこんなふうに、どんな人でも食べられる料理を作りたい。
そんな想いを込めて、移転オープンする際に小さな店内だが敢えて大きなテーブルを置いた。
あの時のような奇跡の光景が、いつかこのテーブルを囲んで繰り広げられることを夢見るように。

テーブルを囲む様子をキッチンから眺める

種を蒔く

 

食に制約があってもそうでなくても、普通のお店のように来てもらえるお店で在りたい。
ヴィーガンやマクロビオティックを表立って掲げることで本当にやりたいことの足枷とならないように、野菜料理と名乗った。
そして、田中さん自身が実際に経験をして気づいたように、体感することの尊さ。
どれだけ身体にいいですよと声を上げても伝わらない言葉や理屈が、食べて身体で感じることで初めて心に届く。
今までそういうものに触れてこなかった人たちの出会いの場にもなってもらいたい。
ただ素敵なカフェだという想いだけで訪ねてきてくれた人が、何年も経って初めて気づく。
お肉を使ってなくてもこんな料理ができるんだ。そういえば昔そんなお店に行ったね。
その時その人を変えられなくても、小さなきっかけとして心身に残るものがあれば、決して無駄ではない。
触れてもらって、種蒔きができることに希望を感じている。
移転前から通ってくれているお客様がこんなことを仰った。
「美味しい料理はたくさんある。でも、ここのは食べたあとに楽なんだ」
心と身体で感じた人が生み出す言葉が、田中さんの蒔いた小さな種をじっくりとひとつずつ芽生えさせてくれている。

料理というやさしい手段で表現できる幸せ

小さな光

 

移転リニューアルでより表現したいことを体感してもらえる空間が実現した今、田中さんが描くのは、野菜料理をランクアップしたコース料理を提供するお店のかたち。
きっかけは、shopULUさんのテーブルコーディネートと、田中さんの料理を組み合わせて催した食事会だった。
美しい設え。自らの料理が見せる新しい表情。心解れたような面持ちで帰っていくお客様。
自分とは違う才能を持った人が入ってくれることで、わたしにはこういうことができるんだという発見があった。
価値観を覆すような本や映画に出会った時のように、そこに行くまでの自分とちょっと立ち位置が変えられているような体験。
その空間に身を置いて食事をするという行為の中で、そんな感動を生み出せる可能性に触れ、未来への小さな光を抱いた。
人との巡り合わせは、まるでひとつまみの塩のようだ。
野菜本来の甘さに気づかせてくれるように、これからも田中さんの可能性を引き出し導いてくれるのだろう。

shopULUさんデザインのグッズやお菓子の販売も

編集後記

 

取材中に涙が滲んだのは初めてのことだった。
わたしにとってそれほどに胸を揺さぶられた、奇跡のテーブルのエピソード。
その場を目にしたわけではないのに、思い描くだけでなんて美しくやさしい光景なのだろうと心が震える。
食って、ヴィーガンって、わたしが思っていたよりずっと深くてあたたかい力を持っているのかもしれない。
まさに立ち位置が変えられるような体験だった。
同時に、こちらでお食事をいただく度に覚える、自分が大切に扱われている感覚を思い出す。
お店に足を踏み入れると、まっすぐにこちらを見て声をかけてくださる田中さん。
料理もとても丁寧に作られ盛り付けられていることが伝わる佇まいで、大切に扱われることで人はこんなにも安心するのかと思わせてくれる。
小説を愛し言葉の持つ力を誰より信じながらも、時として過ぎた言葉が産む歪みをも案じ、伝えるということにとても配慮される、思慮深く聡明な方。
そのお話や立ち居振る舞いから、敬意を持って人に接しておられることが伝わる。
身体にいい料理を作る意味のひとつとして「自分にいいことをすることが素敵なことであるという提案」というお話にも、そのお人柄を感じた。
敬意とは、なんと芯の通った強さがあるのだろう。
自分自身に敬意を払い、となりにいる人に敬意を払うことは、もしかしたらどんなに叫んでも変えられなかった未来を静かに変えてしまうのかもしれない。

( 写真 = 田中 恵   文 = Yuki Takeda )


大阪府豊中市曽根東町1-10-34 曽根グリーンビル1F
営業時間 9:30-17:00
定休日  日曜日、月曜日

https://stancedot831.com/

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