山のテーブル

「風景にごちそうさまを」


台風が過ぎ去った後の山道を進んでいく。
散乱する葉や枝、湿った空気、小鳥の囀り、木々の隙間から木洩れる光と濃い深緑のコントラストがいかにも夏らしい。
お店に訪れるまでに広がる風景も食べる行為の一部であることを予感させる。
いや、お店という名の呼称はきっと相応しくない。
辿り着けば誰かのお家に招かれたようなやさしさが私たちを迎えてくれた。

そこは京都で唯一の村、南山城村にある旧保育園舎を改装した場所。
一枚の大きなテーブルを囲み、その土地の食材を使った料理を楽しめる空間。
目の前で出来上がっていく料理の数々はどれも味わい深くて美しい作品ばかり。
ほどよい緊張感、肩の力が抜ける安心感、時間を忘れてしまうほどの没入感はまるで美術館に訪れているようでした

*對中剛大さんと柳本奈都子さんのお二人でされているお店ですが、主に對中さんのお話を中心に綴っています。

代表の對中 剛大さん、柳本 奈都子さん

変わるおもしろさ


對中さんは、幼少期から料理への関心が強かった。
料理上手な母親の作る料理すら自分で味を変えて作りなおした。
食べたいものを作る。
自らの手を加えて変化していく様子を見るのがおもしろかった。
この味を加えるとどうなるのだろう。
自然と生まれてくる好奇心は料理だけにとどまらなかった。
ものづくりへの興味関心はいろんな分野に及んでいく。
中学の時にはすでに美術の先生になりたいと思い、高校では画塾でデッサンの勉強をして芸大へ進学した。

パブリックであること


できることの多い総合的な芸術大学だったので、その中でも建築やランドスケープデザインに強い関心を抱いた。
ランドスケープとは、建築そのものよりも風景や景観などを構成する要素を包括的に考える役割。
というのも幼い頃から野球が好きでよく野球場の模型を作っていたことに起因する。
野球を観るという目的を通して、自然とその空間に人が集まり賑わいが生まれていく。
開放的な環境から発生する創発が見てみたい。
誰かにとっての特別ではなく、誰に対してもひらかれた場所作りがしたいと思った。

考えの軸


就職して主に建築設計事務所などで経験を積んだ。
ランドスケープデザインにおいて自らの課題は、設計者が環境を整えて終わりではなく、いかにその風景が維持されていく仕組みづくりができるかにあった。
環境は一朝一夕でつくれるものではない。
長期目線で物事を捉えると、今とるべき行動のアプローチも変わってくる。
未来を見て、時間をかけることの大切さを実感した。

また、料理ができることを活かしてピクニックコーディネーターという肩書きで料理のレシピを考えたり、場所づくりだけでなく機会づくりも積極的に行った。
ピクニックは食事をきっかけに人がつながり、それぞれの得意を持ち寄り何かを共有して持って帰ってもらえる機会になる。
その経緯で大阪府池田市にある造園会社が営むギャラリー&カフェの立ち上げに、はじめ料理人として誘われたが、そのことをきっかけに店舗のプロデューサーとして関わった。
造園の手入れや作家さん、生産者など、いかに普段は見えない人たちと一般の人たちとの接点を作ればいいのかを考えさせられた。
人と人、人と場所、その関係性が育まれていくためにはどのような環境であるべきか。
それを探るために全国各地いろんな風景を見ては目を肥やし口を肥やした。
この時から考えていることはいつも未来であり全体だった。

最小単位のランドスケープ

今の場所と出会ったのは2015年。
南山城村の童仙房(どうせんぼう)にあるギャラリーが開催した音楽イベントに行った時のこと。
そこで知り合ったギャラリーのオーナーに思いがけないご提案をいただいた。

「近くの保育園だった場所を使ってみない?」

直観がはたらき翌日には好意的な返事をした。
ランドスケープやコミュニティーデザインの仕事を通して学んできたことを自らの力で実践できる場だと思った。
もともとは保育園という学びの社である場所にも意味を感じる。
自然の豊かさや人のあたたかさの価値を再発見できないだろうか。
常々、各地に根ざした独自文化の魅力が伝わりきらずに失われていく風景に一抹の寂しさもおぼえていた。
食を中心に据えて、生産者とお客様、地方と都市、みんなが関わり合えるような環境をつくり、それが自発的に続いていくような仕組みをつくれないだろうか。
この土地にはまだまだ秘められた魅力がある。
前のめりでやってみたいと思った。

共有が生まれるために


いきなり形を決めてしまうと失敗すると思ったので、まずは地域の方たちとコミュニケーションをとるためにも約一年半の時間をかけて準備をした。
自分たちは何がしたいのか、南山城村がどんな風土なのか、村の人に何を返せるのか。
惜しみなく時間をかけ、人や場所との関係性を築いていった。
やるからには関わる人を増やして手伝ってもらうことが大切だと思った。
近くに道の駅が新設されるタイミングで村役場の方にも協力をお願いした。
関わる人に声をかけ、お店に招き、食事を囲み、語り合った。
この土地にはたくさんの恵みがあることをみんなで共有した。
それらの想いを表現したかったのと、レストランという枠組みにとらわれたくなかったので、ひとつの大きいテーブルを真ん中に置いて、伝えたいコンセプトを体現した。
店名も必然的に「山のテーブル」に決まった。

時間をかけて


まずは一番の共有者を見つけるために、たまたま同じ芸大だった柳本さんを誘った。
もともと歌手として活動していたが解散のタイミングで出会い、ものづくりのセンスと人当たりの良さに惚れ込んだ。
考えに共感した柳本さんは心よく引き受け、小さい頃からの田舎暮らしへの憧れもあり、やるからには全力でやりたいと村に移住した。
對中さんも、大阪でランドスケープの仕事をしながらできる限り村へ足を運び、地元の人と時間をかけて丁寧にコミュニケーションを重ねていった。
南山城村の歴史は比較的浅く、移住者が多いこともあってか干渉し過ぎず放任し過ぎず心地よい距離感だった。
しかし、いろんな地方を見てきて思うのはどこのコミュニティ形成にもいいところと悪いところがあること。
もしうまくいかなかったら引き返すこともできる必要な準備期間の一年半だった。

地を耕す


晴れてオープンしたのは山にちなんで祝日、山の日。
はじめてお客様に提供する料理を作ってみて新しい発見がたくさんあった。
同じ空間で同じ時間を共有できること、喜びを分かち合えること、反応がすぐに返ってくること。
それはランドスケープのような時間軸の長い計画ではなくて、もっと直接的で感覚的なところが料理やサービスという仕事の醍醐味だと思えた。
同時に立地の不便さから食材の調達や、仕込みにかける時間など、お客様の目に見えない部分にエネルギーを費やす大変さも実感した。
それでも食は手段のうちのひとつで、少しでも多くの人がその土地や場所に関わってもらうにはどうすればいいのかの模索が始まったにすぎない。
イメージの型にはまりたくなかったので発信も控えめに、写真もNGにして、お客様の反応を見ながら丁寧に自分たちの理想を追い求めた。

響き合い


レストランという形にこだわらない活動は様々な分野に及んだ。
生産者を含め、村の関わる人たちの魅力を伝えたくて「やまびこ」というフリーペーパーを作ったり、百貨店の催事に出店したり、遠方まで出張したりと、来てもらうだけでなく遠くにいる人にも知ってもらえるようなきっかけづくりも同時に行った。
料理は今までも独学だったけれど、自分の足で山を歩き、見つけた食材からインスピレーションを得ることがこの上ない至福だった。
人の手が入っていない自然をいただくこと、それこそがその土地に根ざした唯一無二の価値ではないのかという気づき。
提供しているコース料理は、その足取りを順に説明していく物語。
歩いていきながらどうエンドロールにつなげていくか。
その考え方はランドスケープの方法論にとても似ていた。

何を返すか


目的は地域を興すことではなく、いかに無理に興さないか。
それはこれまで様々な地域に関わり地域の方々から学んでいたことだった。
新しいものを作ったとしてもその風景を維持する人が必要で、地域が主体となって自発的に続いていく仕組みを作らないと意味がない。
そのために自分たちができることは、真似ごとの新しさではなくて地域が持っている唯一無二の産業の価値を定義しなおすことであり、その関係人口を増やすこと。
美味しい食事はみんなにとって等しく共通言語。
その食をきっかけにしてまだ知らない人に足を踏み入れてもらう。
土と同じように文化や風土や暮らしも時間をかけて耕さないと醸成していかない。
山の中の大きなテーブルはその役割を果たすように、そっと物語の中心に置かれている。

編集後記


ご馳走とは、冷蔵庫もなかった時代に馬を走らせて、いい食材を集めて美味しい料理を用意したことに由来します。
料理を本業にはしたくないと語る對中さんは、山のテーブルを始めてみて決して便利とは言えない土地でいい食材を集めるために走り回っていました。
本来の意味でのご馳走がお皿の上で体現されています。
仕入れが大変だと二人は口を揃えていましたが、それを上回るくらいお客様からいただけるうれしい反応に支えられているとおっしゃっていました。
期待に応えたいとあれこれ考えてしまう気持ちに飲食ならではの魅力をおぼえます。

またここでは書ききれませんでしたが、柳本さんの存在も山のテーブルにとっては欠かせません。
慣れないサービスの仕事もはじめは逃げようと思っていたくらいうまくいかなかったと言います。
音楽のように不特定多数ではなく、目の前のお客様に喜びを提供することはサービスの距離感が違います。
そこに正解はなく、関わる人との関係を築きながら山のテーブルに適した方法を見つけていました。
そんな柳本さんの柔らかな肌合いと細やかな心遣いの感じられるサービスが、まずはじめに私たちを迎え入れてくれます。

ひとつのお皿の中に込められた作り手の愛情とかけられた時間。
それらを構成する要素はなにも料理だけにはおさまりません。
季節のしつらえ、空間デザイン、食器の質感、備品の配置、空調の温度、蝉の声に至るまで。
食が目的を果たすための手段にすぎないとはいえ、細部に宿るこだわりはとても密度の濃いものでした。
ごちそうさま、という言葉は作り手がかけた時間に対して想いを馳せる感謝の一言です。
もっと深く想像するならその土地の自然や見える風景にも及ぶのではないでしょうか。

profile

對中剛大

タイナカ_オフィス / 山のテーブル  代表
1981年 大阪生まれ。 大学卒業後、建築設計、ランドスケープデザイン事務所を経て独立。
建築やランドスケープデザイン、様々なデザインやディレクションを行う。
一方で、2010年頃から活動の風景をつくりたいとの考えで、食で人と場所をつなぐ活動としてピクニックコーディネーターと名乗り国内外でイベントやピクニックを開催。
2017年京都府南山城村の廃園になった保育園を活用し、地域の生産者さんと関わりながら山の上の集落でのつどいのきっかけづくりの場、レストラン「山のテーブル」をオープン。
食べるランドスケープをテーマに地域の食材や目の前に広がる環境の植物や樹木を使用した料理を提供している。

( 写真 = 小林 祐実、1.2枚目 = 山のテーブル  文 = 大野 宗達 )


京都府相楽郡南山城村童仙房三郷田47
営業日の詳細はホームページやSNSをご覧ください

https://www.yamanotable.com/

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