菩薩咖喱

「探りつづける道」


奈良は“ならまち”という歴史情緒あふれる街並みの一角から漂ってくるスパイスの香り。
店名からは想像のつかないどこか違う世界に連れていかれそうな予感が口の中を混乱させる。
たくさんあるカレーの中でもダルバートというカレーとごはんと副菜を混ぜて食べる楽しみを提案しているお店。
食事が届くのを待つあいだに食べ方の書かれた説明文を読むと、そこには店主のカレーに対する熱量が十二分に込められていた。
言われるがままの食べ方で箸(スプーン)を進めていくと、言葉に表せないような複雑な世界がそこには広がっていた。
没頭する時間、アンビエントな一体感、混ぜれば宇宙。
それらのメタファーは混沌なのか秩序なのか、それとも無限の広がりを意味するのか。
その答えは自分の身体を伴って確かめるより他ありません。

店主の吉村萌々さん

つきつめること

 

小学生の時から本が好きだった。
他にやることがなかったから、図書館は地域と学校の両方で、可能な限りの貸し出しを利用しては本を読み耽った。
違う世界との接続、物語にのめり込んだ。
次第に言葉への興味関心が高まり、その本質を突き止めたくて大学は文学部で主に国語学を勉強した。
日本語の構造、中でも接尾辞「み」の研究にのめり込んだ。
奥行きがありつつも曖昧さを含みながら変遷していく言葉の社会的役割を辿ることにロマンを感じた。
大学院で研究を続けるか、就職をするかの岐路に立ったとき、自立して生活することを優先した。
大学へ行き就職をして仕事に就くことが、ごくごく当たり前にある人生設計の手引きだと思っていた。
就職するための大学選びではなかったから、やりたい仕事の見つからない就職活動に気乗りしなかった。

振り向けばカレーがいる

 

スパイスカレーとの出会いは大学生のとき。
それまでカレーに対する執着はなかったものの、食べたり作ったりする分には好きな料理だった。
在学中に思い残すことはないかと振り返ったとき、カレー屋でアルバイトをしたことないのが悔やまれたので、卒業までの半年間は南インド料理のお店で働いた。
そこでカレーの奥深さやスパイスの調合で変化する複雑な味わいに強く惹かれた。
週に3,4回の勤務、まかないはカレーばかり食べていた。
食べ歩きをして、自分でも作って、まかないでも食べる毎日。
カレーを中心とした日々の生活はいつしか身体に染みわたり、もはや細胞がスパイスを求めて止まなかった。

カレー人間

 

就職は、奈良から通える範囲で大阪のプラスチック関係メーカーの営業職に決めた。
実際に足を踏み入れてみると、思い描いていた社会人像とのギャップを感じた。
それでも生活をして生きていかないといけない。
営業回りの途中で食べに行けるカレー屋さん巡りが唯一の楽しみだった。
仕事中も頭の中はカレーのことばかり、働くモチベーションにもなっていた。
スパイスカレー発祥の地と言われる大阪の街でいろんな名店を食べ歩いた。
もちろん仕事が休みの日にも食べ歩いた。
できればカレー以外でカロリーを摂りたくないからと、カレーを食べられない日は千切りキャベツで空腹をしのいだ。

足りないものを埋めるように

 

そして大きな転機が訪れる。
社会人になって2年目の秋、営業職から内勤の部署へ異動になった。
今までみたいに思うように外でカレーを食べられない。
よって大好きなカレーが日常から遠のいていく。
日に日にスパイスエネルギーは減る一方だった。
そのことで熱量を補うためにはカレーの自給自足を余儀なくされ、自分で作ることにより関心が向いた。
抑えきれない感情をSNSで発信したり、自分の作るカレーを知り合いに食べてもらうことで、次第に周りの評判を呼び、ライブハウスのフード要員や小さなイベントで出店の声がかかるようになっていった。
異動になってから平日は仕事、土日は出店、という生活が約半年間続いた。

他のだれかに認められること

 

地道ながらも小さく続けていたカレー活動はやがて大きなイベントから声がかかるようになった。
心情に変化があったのは奈良公園で開催されたイベントに出店した時のこと。
今までのお客さんに多かった友達の友達という境界を超えて、たくさんの人に自分の作るカレーを食べてもらえたことや返ってきた美味しいという反応、身近な関わりの外から認められたことが嬉しくてたまらなかった。

カレーだけでやっていける。

そう確信した。
イベントの翌日、カレーを真剣にやりたいから会社を辞めると上司に伝えた。
普通に、冷静に、引き止められたが、どうしても気持ちの高まりは止められなかった。
具体的な将来の計画があったわけではない。
余剰な貯金があったわけでもない。
腹をくくるには気持ち一つでじゅうぶんだった。

道は進むの一択

 
退職をしてからすぐに運よく知り合いの紹介で間借り営業のできる場所を確保できた。
副業でやっていた頃の屋号「菩薩咖」をそのまま冠し、ダルバートというネパールの定食形式のカレーを提供することに決めた。
週3だけの営業だったが着実にファンを増やしていった。
そして営業以外の日はお店を作る準備に勤しんだ。

はじめにぶつかった課題はお金周りのこと。
補助金や助成金の仕組みもわからない、事業計画書の書き方もわからない、それならばどこかで教えてもらおう。
資金調達のためにできる限りの情報を集め、当てはまるものには申請をした。
なんとか無事に補助金の交付決定をもらえたものの、実際に入金があるのはお店の工事にかかる費用の支払いが済んでからというもの。
新しい世界は知らないことばかり。
それ以前の資金を立て替えるためには、また別の融資を受けなければならなかった。
交付決定後にその手続きを急いで行い、奈良県の創業支援金制度を利用して銀行からの融資を無事に受けることができた。

ビジョンを掲げる

 
もうひとつの課題は経営のこと。
右も左もわからない、今までお金の管理もろくにしたことがない。
そんな漠然とした不安を抱えていたとき、ちょうど奈良県の老舗企業である中川政七商店の取り組みで、スモールビジネスをサポートして奈良を元気にしようというプロジェクト「N.PARK PROJECT」が立ち上がろうとするタイミングだった。
これからはじめる自分の活動と相性がいいのではないかという直感がはたらき、すぐに連絡をした。
代表の中川淳さんに直接面談してもらう機会もあり、結果はプロジェクトの第一号サポートとして採用された。
経営の基礎はもちろん、設備関係者の紹介や広報のサポートなど、オープン前後には各種メディアでも取り上げてもらえた。
中でも曖昧で感覚的に陥りがちなビジョンを言葉に落とし込んでもらえたことで今後の方向性が明確になった。

「奈良をカレーの総本山にする!」

古くは渡来人が持ち込んだスパイスが正倉院で発見されているという事実を知った。
平城京の調査をしている学者にも話を聞きに行った。
歴史と紐付けて奈良にも大阪のようなカレーカルチャーを作りたいと言うビジョンが定まった。

経営も始めは何もわからなかったけれど、数字を見る、日々の営業を常に改善していく、当たり前のことを当たり前に続けていくことだと、自分の中で腹落ちした。
資金調達と経営のサポートと店舗工事が並行して進み、なおかつ間借り営業をしながら血眼になって駆け巡ったこの数ヶ月の記憶はほとんどない。

菩薩であるということ

 
一人で走り回って無事に実店舗をオープンできたけれど、気づけば周りの多大な協力によって成し遂げられたことを実感した。
カレーだけでやっていけると思い立ってからお店ができるまで、図らずとも自然と情報が集まり、その時々で適した選択をして、今に至っていることが不思議に思えた。
オープンしてすぐにコロナにも見舞われたが決して客足は悪くなかった。
以前から応援してくれていたお客様の協力やN.PARK PROJECTのサポートの事前知識があったおかげでもあった。
次第に一人でお店を回せないくらいにお客様も増え、店舗の契約もあやふやだったことを含め、それらをきっかけにもう少し人通りの多いところでやりたいと2年後には移転もした。
移転後の落ち着きからようやく今後の方向性も具体的に見えてきた。
観光客目当てだけではなく、身近な地域の方にもカレーに接する機会をもっと増やしていきたい。
いろんなカレー屋さんの参入を促し、全体の感度を底上げすることで掲げたビジョンにも近づいていくことができる。

まだ何もない頃、自分が作るカレーを表現するために初めてつけた「菩薩咖」という屋号。
菩薩とは広義の意味で、さとりを求めて修行する人。
自身のカレーに対する熱量と決意を名前に込めた先には、極めるという結果ではなく、極めるまでの過程を楽しみ続けたいという願いがある。
終わりのない道だからこそ根っからの探究心をくすぐるのだ。

スパイスキットの販売も

編集後記

 
まず吉村さんから放たれるワードセンスに嫉妬しました。
的確かつ独特な言葉選びは、まさに幼い頃に培われた物語の世界への没入からきていることでしょう。
わからないことを知りたいという気持ち。
接尾辞の研究もカレーの探究も、共通していることは自分の納得がいくまで物事をつきつめることです。
言葉で表現されている内容を見る限り、その過程で得た分析も視点がユニークで興味深いものでした。

ふとしたことで人生が大きく変わっていくこともある不可思議な領域を必然と捉えるか偶然と捉えるか。
こうして俯瞰してみると結果的には点と点がつながっているように見えますが、当事者にしたら目の前のことを必死でこなしているだけです。
それでもビジョンという目的地を定めることで、出来事の一つ一つにより意味付けがしやすくなるのではないでしょうか。
そしてその解釈を決めるのは自分次第です。

まだまだカレーの真実には辿り着いていないという吉村さん。
この対話のひとときは挨拶程度に道の途中ですれ違ったに過ぎません。

( 写真 = 吉村 萌々、文 = 大野 宗達 )


 奈良県奈良市薬師堂町21
営業時間 11:00〜16:00 (L.O.15:00 )
定休日 月曜日、火曜日

https://bosatsucurry.com/

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