Relish食堂 

美味しさは保たれたまま

 
料理はなんでも手作りがいいけれど、中でも味噌汁に関しては一から作った方がより美味しさが際立つと思っています。
ごはんを食べて広がる安堵感は、日本食文化のベースとなるお出汁の仕業なのか、家庭料理の仕業なのか、はたまたすべてを包み込む母性の仕業なのか。
やさしい味と作り手の感性がそっと身体の隅々にまで沁み渡っていく。
料理教室から生まれた食堂だと聞いて訪れました。
食後には食堂から少し離れたところにある雑貨屋・料理教室が営まれる平屋の方へ。
小道を奥に進んでゆけば、いかにも誰かの家に遊びにきたかのような懐かしさをおぼえました。
中にお邪魔すると暮らしにまつわる雑貨が並ぶ空間に、隣では何やら楽しそうに和気あいあいとした料理教室の雰囲気がこぼれている。
忙しくてつい忘れがちな日々の些細なあたたかさに触れた気がしました。

オーナーの森かおるさん

共有するよろこび

 

昔からものづくりが好き。
両親が共働きという環境の中で、小学生の頃から簡単な料理を作っていた。
当時はインスタント食品も今ほどなく手作りをするのが当たり前だった。
新聞紙を広げて煮干しの頭をとる作業をしている姿や、そこから出汁が出来上がっていく工程が原風景として記憶に染み付いている感覚。
今でこそよく聞くようになった“丁寧な暮らし”は、そもそも手の届く範囲に存在していた。

小学生のある時、もっといろんな料理がしてみたいとおもちゃのコンロに目が留まった。
駄々をこねて親にねだったものの結局は買ってもらえず。
そこに中学生のころの誕生日プレゼントで不意に用意されたのが、家庭用のオレンジ色をした本物の電気オーブンだった。
オレンジ色の計りも一緒だったことを鮮明に覚えている。
料理を作るよろこびも、食べてもらって反応があるよろこびも、自分が一から十まで関われることに強く惹き込まれた。
そのおもしろさは料理だけにとどまらず、他にはカバンや人形などを作ることへも興味が湧いた。
そして自分だけで消費するのではなく、家族や友達にあげたりと、ものづくりを通して人と関われることが楽しかった。

きっかけの伏線

 

学生の頃に関心を寄せたのは、当時テレビで流行していた職業ものの実写版ドラマ。
その中でも特にファッションデザイナーの仕事がカッコよく見えて強い影響を受けた。
就職してから20代はアパレルのデザイナーとして活躍した。
ちょうどその頃は日本が垢抜けだした時代、今でも名を連ねるファッション雑誌やメディアの隆盛もあって、自分のデザインした服がショーウィンドウに飾られるよろこびが何よりのやりがいだった。
忙しく駆け回る中でも暮らしの軸としてある料理には手間を惜しまない。
ふと先輩に誘われて行ったフレンチの料理教室、その空気感がとても印象に残っていて、教室という方法で料理を伝える手段があると知ることのできたことが後々の活動につながっていく。
20代も後半、もっと暮らしに関わりたいという気持ちの高まりからデザイナーを辞めて雑貨とカフェのお店を始めることに。
しかしお店の経営は自分の思うようにいかなかった。
急な立ち仕事で痛めた腰がきっかけでもあったが、商売のこともよくわかっていない無謀さを深く反省した。
はじめてのお店はやむなく 2年で幕を閉じた。

美味しさと楽しさの循環

 

ずっと暮らしの料理には関心があったので、ある時ご縁もかさなり街の文化センターから料理教室をしてくれないかと依頼があって引き受けることに。
自信があったわけではないが、実際に料理教室をやってみて感じた手応えは大きかった。
料理を一方的に教えているというよりも、工程から仕上げまでの作業時間を生徒さんたちと共有できることが何より楽しかった。
美味しいことはもちろん、楽しい気持ちを持って帰ってもらう。
直接料理を振る舞っていない生徒さんの家族からいただける美味しいという言葉がひとつの着地点だった。
楽しさの内包された美味しさが伝わっている感覚がうれしかった。
ただ、蛍光灯やステンレスが強調される調理室のような空間に違和感が残った。
あくまでも家のごはんを伝えたいという気持ち、それならば家に集まるような雰囲気でいわゆる料理教室っぽくない料理教室をしたい。
そんな想いが胸の内側から静かに芽生えてきた。

いただいたもの

 

2年ほど続けた料理教室は出産を機にやむなく辞めることに。
そして子供が生まれたことで食に対する意識が大きく変わった。
自分の食べているものが子供に届いているという責任。
その責務を与えられてしまったという感覚。
当然のように人間の身体は食べものでできているという再認識。
価値観を揺さぶられるような言葉にならない不思議な感じだった。
抱っこしている子供が自分に向けて何かを訴えかけてくるような眼差しに自然と涙が頬をつたう。
えらいことを引き受けてしまったと。
こだわりのいいものを食べたいというよりも、身体に良くないであろうものだけは食べないような選択をしようと心に誓った。

名前にあらわれる価値観

 

体験を通して得た食への想いはより洗練されて、育休の間にも何かできないかと自宅で料理教室を始めた。
その時に決めた屋号が「Relish」。
屋号には、あらためて食や暮らしを見直したいという気持ちを込めて再生を表す「Re」を使いたいと思った。
見つかった言葉は、「味わう」「楽しむ」という意味の「Relish」という英単語。
その言葉に自分が大切にしたいことのすべてが馴染んだ。
同時に街の保健センターで料理教室の依頼もあったりと、2カ所で料理を教えていた。
育児も落ち着いた頃、駅前のリフォームで募集していたテナントに目が留まる。
訪れてみると窓から望む天王山の景色に心が惹かれた。
さまざまな過去の体験や想いがひとつにまとまり、料理教室のある暮らしの雑貨屋「Relish」として新しいスタートをきった。

伝えるということ

 

お店をかまえて自分のペースでできる料理教室は楽しかった。
一貫して気取った料理ではなく、普段の家のごはんを教えたい。
中でも家でお出汁をとるハードルを下げたかった。
決してむずかしいものではないのに、「和食」という言葉がユネスコ無形文化遺産に選定されて、敷居だけが高くなったことに違和感をおぼえた。
魚と海藻に囲まれた島国であることの精神、ただひとつ世界に対して自信をもって提供できる料理が“味噌汁”だと自負していた。
そのベースであるお出汁だけでも大切に取り扱ってほしい。
ひとつでも誇れるもの、自信のあるものを持てることは料理だけに限らず人生にも通ずるのではないか。
そんな思想を軸に料理教室を続けてきた。
続けていく中でいくつか出版の依頼もありレシピ本も数冊出した。
生徒さんはオープン当初から長く通っている人もいれば、最近食に興味を持ち始めた若い人まで。
巣立った生徒さんが教室を始めたり、カフェを始めたりと、各方面で活躍していることがうれしい。
あくまでも自分の作品を伝えたいのではなく、料理を作る過程で生まれる人と人とのコミュニケーションを大事にしたかった。

食堂のはじまり

 

雑貨屋と料理教室のRelishを始めて17年。
レシピ本を読む人も教室に通う人も、お客様の動機は主体的でないといけない。
食に興味がない人にも食の大切さを知ってもらうにはどうしたらいいのだろう、と考えるようになってきた。
そこでその答えとして導き出されたのがオープンな場所としての食堂だった。
たとえRelishのことを知らずに来たお客様がいたとしても、食べるという体験は何かに気づくきっかけになる。
以前から生徒さんの食堂を望む声もあった。
誰かにお店を任せるため長く通って下さっていた生徒さんなら初心を共に伝えていけるのではと思い声をかけた。
そんな経緯でRelish食堂を始めるも、半年後にコロナウィルスの猛威がやってくる。

迷いの霧が晴れたときめき

 

食堂がちょうど 2月にテレビで紹介されたこともあり 3月は大忙しだった。
ところが 4月には店内営業ができない事態に。
おもしろそうだからと始めていたお弁当のテイクアウトが功を奏した。
それでも迷うには十分な材料が揃っている。
料理教室も同じく生徒さんが来ることのできない状況だったから。
急にのしかかってきたふたつの問題。
始めたばかりの食堂を閉めるのか、長年やってきた雑貨と教室を閉めるのか。
以前から気になっていたのは雑貨と教室の一体感。
どうしても換気が悪く窮屈に思っていたので、この時移転するというアイデアが浮かんだ。
実際に隣町まで物件を見に行ったりもしたが、今までの生徒さんが遠すぎても来れなくなってしまう。
しばらくは判断がつかず思いあぐねていたところ、駅から食堂へ歩いて向かう道すがら目に留まったのは、門の向こうに小道が伸びる古い一軒家。
その錆びた門には“賃貸物件”の看板。
気持ちが吸い込まれるような感覚は今でも蘇る。
こんな近くで出会う直感に心が動いた矢先、すぐに電話をかけていた。
承諾を得て即決、もう前に進むしかなかった。

場所の巡り合わせ

 

以前の入居者は書を教えていた高齢の女性。
書と料理で日本文化での接点、教室という人が集まる場所としての接点、物件の改装をしたものの、そのまま使えるところも多くいろんな準備がすでに整えられているように思えた。
何かを受け継いだ感覚に気持ちが引き締まった。
かねてよりの願いだった、日々の暮らしに近い家の台所のような環境で料理教室ができることもうれしい。
とはいえコロナ禍の真っ只中なのでオンラインと並行して料理教室も少しずつ再開していった。
食堂もテイクアウトを中心にできることを地道に行ってきた。
奇しくもコロナを経て変化した食に対する関心の高まり、人と関わり楽しみたいという気持ちの行き場にRelishや食堂があることに誇りを持てた。

暮らしを軸に

 

自宅の教室を知りオープン当初から今も来てくれている生徒さんもいて皆付き合いは長い。
一緒に歳を重ねたその生徒さんの子供たちもまた料理教室に来てくれる。
地域の公民館のようなスケール感に満足している。
自分の体験から生まれた真実を伝えたい、と言えるほど大袈裟なものではないけれど、環境に負荷をかけず毎日の暮らしを楽しむよろこびを知ってほしいと願う。
食を中心にめぐる人のつながりや生まれるコミュニケーションの場を提供することがRelishの存在意義。
価値観の変動する社会において、決して押し付けではない意見はささやかな抵抗でもある。
新しく始めた挑戦は身体の動く限り続けていきたい。
ずっとずっと心の奥底にあるものは、暮らしを軸に周りのみんなと楽しいを共有することが自分にとって最高のご褒美であるということ。

編集後記

 

幼少期の頃から今に至るまで、日々の暮らしを大切にしていることが一貫して変わっていません。
毎日の淡々とした営みの中によろこびを見出していく感性は、特別気取っているわけではなく等身大の姿でした。
料理も手元にある食材でパパッと作る。
大雑把でいい加減なところも理解してくれる生徒さんとはフラットな関係性で、まさに同じ空気や感情を共有している感じ。

出産を機に受けた衝撃は、自分の選択が未来の子供たちにつながっているということ。
それは世界との関わりであり責任のようなものでしょうか。
伝えたい気持ちは使命感ではないと終始おっしゃってましたが、その反面でただのお節介者だと話す口ぶりに愛を感じました。
近頃では倦厭されるようになったお節介も善き道をそっと指し示す時代の先導者なのかもしれません。
そんな環境で育てられたお子様もすでに成人されて身体は丈夫で健康だと聞きました。
食べたもので思考も身体もつくられる。
当たり前のことを再認識して、日々をしっかり味わうためのいい機会になりました。

( 写真 、文 = 大野 宗達 )


Relish食堂

京都府大山崎町大山崎鏡田20-14
080-2522-4468
営業時間 11:00〜15:00
定休日 月曜日(祝日は営業、翌火休)第2火曜日 

Relish

京都府乙訓郡大山崎町大山崎竜光49
075-953-1292
営業時間 10:30〜17:00
定休日 月曜日(祝日は営業、翌火休)

https://www.relish-style.com/

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