ARUKUTORI

「 まっすぐ、ゆっくり、歩いていく」


チーズケーキ専門店と呼んでいいのか、パティスリーとしての看板を掲げているけど、主力商品はほぼチーズケーキのみ。実店舗のない期間の方が長いのに、確かなクオリティとブランディング力でお客さんを虜に。
商品を一択にしぼる勇気と、その背景について話を伺いました。

店主の赤松大輔さん

ケーキとの出会い

 

20代前半、すでに仕事をしていながらも、ふとカフェがしたいと思った。
それは生まれも育ちも神戸、だからなのか。
そのために何ができるのかを考えた時にケーキのイメージが浮かび、特にお菓子が好きというわけでもなかったが、製菓の専門学校に通うことにした。
どちらかというと、もともと賑やかなアメリカの文化が好きだったのに、洋菓子との出会いで繊細で緻密なフランスの文化にカルチャーショックを受ける。
本人の言葉で言うなら「どハマり」をした。
それからケーキ作りにのめり込み、いろんなケーキに携わる仕事をひと通り経験する。
ホテルやレストランに、ウェディングや製菓店、などなど。
それらを経ても、未だにケーキ作りがおもしろい。
同じ材料、同じ分量、同じ配合で作っても味が変わるから毎日考え続けている。
主力商品であるチーズケーキも、最初から材料も配合も変わってないのに、
はじめと今では全然味が違うと言う。

店内は赤松さんワールド

妥協からのはじまり

 

お酒が好きという赤松さん、よく飲みに行ってたこともあり、神戸の飲食関係のネットワークが広い。ケーキ屋に勤めながらも、友達のオーダーケーキを職場でこっそり作ったりしていた。その前身の屋号が「パティスリー ふんどし」。キャラそのままのネーミングセンスだ。
そんなカフェをするための準備を重ねながらも、店舗物件を探すがピンとくるところになかなか巡り合わず、勤め先にも独立するから辞めると言っているし、子供もできてしまうし、もうあとには引けない状況。
今ある資源で、限られた制約の中で何ができるのかを考え抜いた。
一般的な菓子製造は設備投資に莫大な費用がかかるので、軽減するためにも業務用のオーブンでなくてもできるものをと考えた。
祖母の家がいいタイミングで空いていたこと、人を雇う気がなかったこと、もともとスペシャリテであったチーズケーキは使い勝手のいいポジションにあること、様々な要因が重なり、店舗を持たずにチーズケーキ一種類でいくと決断する。
最後に勤めたケーキ屋の社長から「一軒目はとりあえず始めることが大事、二軒目から自分のやりたいようにやればいい」との教えが心に残っていたことも背中を押してくれた。
「一種類も売れないやつは、何種類も売れない」そう自分にも言い聞かす。
パティスリーは華やかなショーケースからケーキを選ぶのが楽しい、という常識の中で、
描いていた構想とはまるで真逆の道を選んだ。
はじめは築いてきたネットワークを活かし、サンプルを試してもらい、ポスターを配り、宣伝をしていく。
秀逸なのはロゴマークのデザイン性。
プロ中のプロに半年にもわたるヒアリングを重ねクオリテイの高いアイコンを作ることによって視認性を高め、まだ知らない人の記憶に引っかかるように意識したという。
驚くことにチーズケーキが特に好きというわけではない。
ここまでの道のりを赤松さんは妥協だと語る。

こだわりのデザイン

経験を通して見つかるもの

 

他に例がなく比べるものがない状態の中で、積極的に営業をして、徐々に認知度を上げていった。
関西圏の百貨店の催事や、東京は新宿の伊勢丹や、日本橋の三越まで足を運んだ。
しかし次第に、やりながら考え方が変わっていく。
神戸から来てるのに、神戸の食材を使っていないことに違和感を覚えはじめ、それからは地産地消を意識するようになったり、自分の想いとお客さんの求めてるものに乖離も生まれてきた。
百貨店に来るお客さんは、表面の情報を得るだけで賞味期限ばかりを気にして、お店との深い関わりを求めていないことに気づき、急に冷めてしまった。
それ以来は催事に出店することをやめてしまう。
その中でも、大手アパレルのBEAMS JAPANが企画した国産のセレクトショップの催事では、こだわりを持ったお客さんが来場されるため、伝えたいことが届いてる実感、手応えがあったことが大きな経験となった。
やっぱり自分のお店の想いをきちんと理解してくれる人に食べてほしい、という気づきに至る。
「ものづくりは作ってる人と売る人が一緒だからこそいいんだ」と。
振り返れば、ケーキを始めた頃も、製造とサービスが分かれていることに違和感を感じていた。
いつどこで誰が作っているかがわからない。だけどそんな気持ちの芽生えを理解してくれる人が周りにはいなかった。

活動の拠点となっていたイベントや催事

孤高を活かす

 

その違和感を抱えながらパティシエとして勤めていた頃も、2、3回は急に辞める(また戻る)ことがあったという。
人の意見をあまり聞けない。部下に対しても教え方がわからない。
自分だけ浮いていた。今でもケーキ業界には知り合いが少ない。
そんな不器用さが逆転の発想となったからこそ、今の形態が生まれてるのかもしれない。
従業員を雇わず一人でやっているし、自分のペースでできることを最優先としてる。
自由な発想はおもしろい企画にもつながっている。
以前、行われた一切妥協しないイベントが印象的だった。
自分が理想とするケーキを、デザイン、器、梱包の材質まですべてこだわって利益なしで提供するという企画。
一つ 8,000円のケーキが 30個限定で即売した。
著名な陶芸家にこの企画のためだけにお願いした器は、ファンにとってはこれからも唯一無二の宝物となるだろう。
お客さんはただケーキを食べる以外の価値も一緒に楽しめる。 

一点ものの価値
細部に行き渡るこだわり

思うこと、信念

 

公私混同、遊ぶように人生も仕事も楽しむ。
実店舗を持たないという選択が長く続いたが、半ば勢いで決して便利とは言えない場所に店舗を構えイートインも始めた。
目的を持ってわざわざ来てくれるのがいい、わざわざ来てくれたからこそ引き止めてまで想いを語りたくなる。
お客さんだからといって媚びることなく、自分に正直な状態で決して無理をしない。
これからもきちんと線を引き、理想とする「ものづくり」の本質を理解してくれる人に利用してほしいと考えている。

レアなクレームダンジュ

編集後記

 

店名の「ARUKUTORI」の由来は歩く鳥、つまりいつもは早く飛んでいるけど、歩くことでしか見えない景色こそ意義があるのではないかという思いから。
チーズケーキ一択はまさに、今までの確かな歩みを表現しているのではないでしょうか。
人が人を呼ぶ。本当の意味での商売は広告や宣伝はいらないと言い切る。
それくらい大事にしているのは、人を介してこそ得られる満足感で、その良さは自然と伝わっていくということ。
見た目だけで判断できない、その世界観を実際に行って、会って、話して、感じてみてほしいと思います。

( 写真 = 赤松 大輔   文 = 大野 宗達 )


兵庫県神戸市兵庫区島上町2-2-21-201
078-381-6163
13:00~18:30
定休日 日、月曜日
全国発送はホームページから

http://arukutori.com/

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