ともみジェラーto

「今しかできないこと」


ただ涼をとるためのジェラートではなく、表現者が生み出した制作物としてのジェラートがそこにありました。
たくさんの料理の中のいちジャンルにしか過ぎないジェラートだけれど、その手法は潔くシンプルで素材の本質をいかに素材以上に引き出せるかに美学が詰まっているような気がします。
この物語を知ることで、さらにその先にある美味しさを味わっていただければ幸いです。

店主の森兼ともみさん

ふたつの背中の影響

岐阜県大垣市にある実家の稼業がうどん屋ということもあり、幼い頃からお店を営んでいる両親の背中を見ていた。
就職をして一般企業に6年ほど勤めるも、なんとなく人生を楽しめていない自分を感じていた。
誰でもできる仕事ではなく、自分にしかできない仕事ってなんだろう。
その頃から製菓には興味があったものの漠然とした気持ちのまま時は流れていく。
きっかけとなったタイミングはそんなもやもやの時期に母親を亡くしたことだった。
あとから後悔しないような人生にしたい。
今しかできないことを今したい。
急に降りてきた感覚だった。
「私、ジェラートやりたい」
ジェラートのことを何も知らない状態で胸の内を父親に相談してみると、父親もジェラートには興味を持っていたらしく意気投合した。
仕事を辞めて父親の会社で働くという形で、うどん屋の店内スペースを改装して1/3をジェラート屋として稼働するまでに至った。
経営や飲食について身体に馴染んでいるのは幼い頃から見てきた父親の影響が大きかったのではと思い返す。
設備や機材を整えてくれた父親にはとても感謝している。
母親を亡くして一年後の出来事だった。

福岡県朝倉市 日野さんのスモモ

葛藤と衝動

ジェラートのことを何も知らない状態からのスタート、基本的な作り方はジェラートマシンメーカーの講習で学び、お菓子作りの知識は名古屋にある通信の製菓学校で学んだ。
たとえ技術が追いついていなくても作ることが純粋に楽しかった。
お客様に食べて喜んでもらえることはもっと楽しかった。
地元のお客様に愛され経営も軌道にのっていく。
ジェラート部門を立ち上げてから7年、その間に沸々と感じるようになっていたのは、もっと美味しいジェラートを作りたいという気持ち。
どうしても地域性や価格帯、食材にこだわれなかったりと、できることに制約が生まれてくる。
父親に投資してもらった恩恵と、自分の好きなようにはできない葛藤がやがて輪郭をあらわしてきた。
今しかできないことを今したい。
脈々と流れるスピリッツ、沸き起こる衝動が全身を駆け巡った。
特にあてがあったわけでもなく本物のジェラートが見てみたいと父親を説得してイタリアへ行くことを決心する。
自分がジェラートをやりたいと言い出したにもかかわらず、自らその場を離れることになる心のせめぎ合いが苦しかった。
この時期が一番大変だったと振り返る。

広島県瀬戸田 井上さんのレモン

イタリアでの気づき

単身イタリアへ渡り、各地で評判のジェラートを食べ歩いた。
その中でもトレヴィーゾという街の小さなジェラート店に直感がおりてきた。
ぜひ働かせほしいとお願いをするも、一度断られたが見るだけならいいよと優しく受け入れてくれた。
情熱をかたむけるその姿に店主が感心して、次第にジェラート作りを教えてくれるようになっていった。
そこであらためて気づいたことは食材の大切さ。
ジェラートの美味しさは素材の質がダイレクトに表現される。
さらにその気づきを超えてきた気づきは、日本の食材は独特なものがあっておもしろいし、農家さんの努力が見えるのではないかということ。
その時やってみたいと思ったのは、イタリアのジェラート文化を日本で伝えるのではなく、日本でしか作れないジェラートを日本で作ってみたい気持ち。
そして海外の人にも日本の食材の良さを知ってほしい。
そう思ってからは日本に早く帰りたい気持ちが先走った。
イタリアで得られた学びは、ジェラートの技術を知ったことでより自分の今後の方向性が明確に定まったこと。
住まいを提供してくれたあたたかい家族の家には、部屋と服がまだ残されている。

愛媛県 輝らり果樹園 金光さん

見つけた居場所

日本に帰ってきてからは情熱の赴くまま「tomomi gelato」という屋号を作り、キッチンカーで地元のイベントやPOPUPなどを中心に活動を広めていった。
美味しい食材を探すために農家さんを巡り、自分の納得のいくまで味を追求して表現ができる環境に身をおけることが心地よかった。
農家さんが真心込めて作った食材の味を100パーセント以上活かしたい。
リスペクトから生まれる美味しく作りたい気持ちをジェラートにのせていく。
その美味しさがお客様に伝わり喜んでもらえることが何より幸せな瞬間だった。

岐阜県 棚橋牧場のミルク
素材の味をそのまま感じてほしいので生クリームや脱脂粉乳を使わないシンプルなジェラート

つなげていく

地元で約1年活動をしてきて自信もついてきたので、店舗を持ちたいと考えるようになっていった。
日本の食材の良さをジェラートで伝えたいというコンセプトを軸に選んだ場所は、海外の人にも知ってもらうきっかけになる国際的な街、京都だった。
晴れて東山区は女坂にお店をかまえたものの、テイクアウトスペースだけの小さな箱。
とりあえず京都でジェラートをやりたい気持ちが優先した。
屋号もインパクトを出すために「ともみジェラーto」に変更し、ロゴを笑顔にした。
「to」は農家さんからお店、お店からお客さまへと想いをつなげていくという願いを込めて。
はじめの一年は週に一回岐阜に帰って、引き継がれた以前の実家のジェラート工房を借りて、夜中に作っては京都まで運んでいた。
その後、お店の近くに工房を借りられることになったが、次に生まれた気持ちはお客様とゆっくり話せる時間が欲しいということ。
イートインスペースのあるお店がいいけど予算の問題がのしかかる。
そんな気持ちを抱えながら契約更新である3年を区切りに、同じく京都は河原町、ご縁のあった知り合いの紹介で ”喫茶テン” という場所に間借りをする形で移転をすることにした。
自分の想いを発信できるお店を持てたこと、京都で勝負できたこと、たくさんの人に存在を知ってもらえたこと、新天地での活動は必要不可欠なものだった。

山梨県 石倉さんのぶどう

素材以上の味

喫茶テンは雰囲気がとても好みだった。
お客様がいる空間に一緒にいれることが心地よく、ジェラートと同じくらい大好きなお酒も振る舞った。
新しい環境になったことで、新しい構想も生まれてくる。
おつまみになるようなお酒に合うジェラート、今までは果物中心をベースに作っていたものを野菜にも重きをおくようになっていった。
日本の食材は世界にも通用するほどの美味しさを秘めているという信念はそのまま。
お店が休みの日には積極的に農家さんを訪ね、農家さんが食材にかける情熱を受け取っては冷めないうちにジェラートへの試作へと重ねていく。
素材のいいところだけを抽出するのではなく、個性そのものを追求して表現したい。
イタリアのジェラート作りの常識にとらわれすぎずに、食感や質感との調和をとりつつも素材の本来の味を優先させたい。
だれがどう表現するかは、それぞれ自由でいいと思っている。
自分にしかできない自分だけのジェラートを作りたかった。
移転をしたことで、より独自のスタイルが確立されていった。

山梨県 田邉さんの桃

楽しいが最優先

農家さんに直接会いに行ったり、お客様と同じ空間で過ごしたいという気持ちは強いのは、人と話すのが楽しいから。
自分が紹介した農家さんに、お客様が直接やりとりをしてくださって喜んでもらえることがとてもうれしかった。
意図せずとも見えないところでつながっていく感覚に喜びを実感する。
それは言葉で説明するわけではなく、実際に食べて感じた美味しさが人と人をつなげているということ。
思い描いてきた理想に近づきつつも、やってみたいことはまだまだ湧いてくる。
間借り店舗では好きなようにはできない、工房も別の場所にあるまま。
自分のお店を始めて6年目、あらためてお店と工房をひとつの場所にまとめる決心をした。
そこではイベントや他店とのコラボ、農家さんを呼んで、地元の人を呼んで楽しいことを今以上にもっとたくさんしたい。
先のことはわからない、自己満足かもしれない、だけど目の前の楽しいことをやっていくことで、ここまできたという自負がある。
楽しいことをひたすら続けていく、それが自分にとっての最高の喜びなのだ。

お父さんと

編集後記

飾らないジェラート。
人柄や感情が存分にジェラートで表現されている。
ともみさんのジェラートを食べてそんなふうに思った。
いい悪いではなく食材ありのままの姿が口の中で広がる。
食材が持つ本当の美味しさってなんだろうと考えさせられる。
実際に食べて始めてわかること、感じること。
人それぞれに感じ方は違うけれど、そこにはともみさんの思想が存分に含まれていた。
人が好き、楽しいことが好き、がそのまま表れている笑顔。
自分のことよりジェラートのことを優先している姿勢。
全部ひっくるめてひとつのお店なんだとあらためて感じた。
父親が与えてくれた環境と、母親が教えてくれた合図をきっかけに歩んできた道を、
運命のごとく今も突き進んでいる。
ただひたすらに生産者の愛を届けたいという混じりっ気のない情熱。
受け取っては渡していくを繰り返す。
そんな小さな愛の連続が世界を少し変えるような気がした。
自分を表現するための方法として見つかったジェラート、それを起点として人と人がつながっていく。
楽しいを見つけた人のエネルギーは言葉を介さずとも商品から溢れ出ている。

( 写真 = 森兼 ともみ   文 = 大野 宗達 )


京都府京都市下京区西橋詰町759
SAKIZO河原町五条ビル1階
営業時間 13:00-20:00
定休日  水、木曜日

http://tomomigelato.jp/

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