八葉食堂

「楽しく作る、楽しく生きる」

 
姫路とはいえ郊外の自然が豊かな場所に存在する一軒の食堂。
気取った装いではなく手作り感のある設えにほっこりしてしまう。
野菜を中心としたプレートランチは、素材をダイレクトに表現しつつも、ちょっとした匙加減でどれもいい塩梅に仕上がっていた。
それもそのはず、自然に準拠した野菜作りからスタートしているお店であり、種や野菜も一緒に購入できるようになっている。
その野菜の美味しさはどこからくるのか。
また野菜の美味しさをどう引き出しているのか。
農業と食堂、それぞれの役割で取り組む姿勢がどう混ざり合うのか。
その真相が知りたくて長閑な畑が見渡せるご自宅で話を伺いました。
夫婦二人の軌跡を同時に追っている物語です。

島袋隆史さん、葉子さん

プロゴルファーを目指して

東京出身の隆史さんは小学生5年生のころ、父親の仕事が中東での海外赴任となり家族で行くことになった。
父親の仕事柄、接待やパーティーを行うことが多く、よく自宅が社交の場になっていた。
当時はまるで楽しいと思わなかったけれど、父親のコミュニケーション力を結果的に受け継ぐことになったと振り返る。
慣れない環境の中、楽しめるエンターテイメントがなかったせいか、友達と一緒に始めたゴルフにハマってしまいプロを目指すまでになった。
着々と技術を磨きカリフォルニアのオークランドにある大学から推薦をもらえるほどだった。
そのままアメリカの大学に進学して経済学を専攻した。
本当は生物学に興味があったけれど、実験の時間はゴルフの練習に支障が出るためやむなく諦めた。
毎日ゴルフクラブを握る日々だった。

ある人の存在で

家族で海外生活をしていたためか、何をするにしても家族行動が当たり前になっていた。
大学2年生のとき、姉のアトピーの治療を目的に家族で大分県に行き、循環農法の提唱者である赤峰勝人さんの講演を聴く機会があった。
なんとなく付いていったはずなのに、姉以上に、赤峰さんの存在とその世界観に衝撃を受けた。
講演会後、さっそくその年の夏休みに赤峰さんが主催している3泊4日の百姓体験に参加した。
理由なんて明確にはなく、ただただ自然に身体が動いていた。
みんなで畑をして、一緒にごはんを食べて過ごす時間が新鮮だった。
みんなキラキラしていて楽しそうだった。
そのとき嘘偽りのない自然と対峙することが楽しいと思えた。
体験が終わっても人生のどこかのタイミングで、赤峰さんのところに行きたい気持ちが芽生えた。

自分にとって

大学生活に戻り、ゴルフをしていると、プロゴルファーの生き方があまり魅力的に思えなくなってしまった。
自然を人工的に整備するゴルフ場と、あらゆるオーガニックなことは言わば対極な関係であることに違和感をおぼえた。
大学卒業のタイミングでプロゴルファーの道はいったん保留として、赤峰さんのところへ行くことに決めた。
アメリカから帰ってきて3日後には荷物をまとめて大分へ向かった。
ただ、将来農業をやっていく気持ちはなかった。
赤峰さんのもとでずっと働きたいというわけでもなかった。
きっとこの先の自分の人生にとって必要なことを得られる、という確信だった。

百姓とは

そうして赤峰さんと一年間を一緒に過ごした。
循環農法の技術や知識はもちろんのこと、赤峰さんの在り方や価値観を間近で感じれることが何より大きな学びになった。
その在り方を赤峰さんは“農業”や“農家”ではなく、“百姓”と呼ぶ。
百姓のことを「百人の女性を生き生きとさせること」と説き、生きるためにしなければいけない仕事というより、人間としてあるべき姿勢そのものを示していた。
共同生活の中では合気道も教わった。
そんな生活もいつまでいていいかは赤峰さんの判断次第だった。
最終的に一年間を経て、隆史は社会に出た方がいい、と言われ、赤峰さんのもとを卒業した。

自給自足

帰る場所は、農作業のしやすい兵庫県姫路市に住むおばあちゃんの家を選んだ。
倉庫に寝泊まりする形で、まずは自給自足を目的に、アルバイトをしながら農作業に励んだ。
アスリート時代の経験から、身体の動かし方やメンテナンスに関心があったので、空いてる時間はリラクゼーションや整体の仕事をした。
赤峰さんと一緒にした合気道も道場を探して続けた。
一人で始めた循環農法ははじめから思うようにいった。
あくまでも畑や田んぼをするのは、仕事ではなく自給自足をするためであり、それを整えることは、これからの人類にとって必要なスキルだと思っていた。
自給自足をベースに、そこから何をするのか。
それからの数年間、日々の生活の糧はリラクゼーションの仕事で賄っていた。
ちょうどその頃に葉子さんと出会う。

葉子さんのはなし

葉子さんは高校生のころ、学校も大人も好きになれなかった。
いくつかアルバイトをしてみたけれど、どれもしっくりこなかった。
自分の感情がうまく言葉として表現できず、その葛藤に苦しんだ。
そんなとき、飲食店でのアルバイトをきっかけに大きな変化があった。
人見知りだから接客は苦手だったので、キッチンに入ってみると料理をすることが楽しいと思えた。
教えてくれた人がいろいろ任せてくれたのもあり、必要とされ、その役割を果たしていることが次第に、自分の存在への自信になっていった。
楽しかった料理を続けていきたいと決心し、学校を辞めて、そのお店で正社員として働かせてもらうことになった。

出会いから広がる可能性

その後も料理の仕事を続け、もっと他のお店を見てみたいと、いくつか転職を重ねた。
若い頃は飲食業界のハードワークも駆け抜けられたけれど、いよいよ体力的にも疲れが見え始めたとき、料理の世界から一度離れてみようと思った。
ゆくゆくは自分のお店を持ちたいと願うものの、具体的なビジョンは描けなかった。
そうして歯科助手の仕事をするようになったときに隆史さんと出会った。
自分の力で未来を切り開いている隆史さんを見て、この人となら何があっても生きていけると思えた。
なにより隆史さんの作っている野菜がとびっきりに美味しい。
その野菜が自給自足分だけなんて。
もっと隆史さんの美味しい野菜をいろんな人にも食べてもらいたいと思った。
自分のお店のビジョンが少し明確になった。
そのことを隆史さんにも伝えた。

互いのために

結婚を期に、隆史さんは整体への興味が高じて、農作業をしながらでもできるリラクゼーションのお店をオープンした。
同時に葉子さんの、自分のお店を持ちたい、というビジョンを叶えてあげることも考えていた。
むしろ葉子さんの願いを聞くと、なんとかしてできないかとアイデアのスイッチが入り、そのことが頭から離れなかった。
第一子が生まれて間もないころ、リラクゼーションのお店の隣の物件が空いたので隆史さんはピンときた。
帰ってそのことを葉子さんに提案すると、子供も生まれたばかりだし、ブランクもあるし、まだ早いと言われた。
だけど隆史さんはなんとかできる方法を考えようと伝えた。

畑から食卓へ


葉子さんはまだお店をやる自信がなく、隆史さんの農業を手伝うことを考えていたけれど、お互いの得意を活かしたらもっと農と食をうまく結びつけられるのでは、と意見が一致した。
畑で獲れた新鮮な野菜を食堂で調理してお客様に食べてもらう。
隆史さんの提案に納得した葉子さんは覚悟を決め、八葉食堂をオープンした。
店舗はできるだけDIYで工夫をし、一年目は二人で協力して子供をあやしながら営業した。
はじめ葉子さんは出産後の不安定さも相まって、隆史さんとの意見の衝突で大変だったと振り返るけれど、先に先に必要なものを形にしていく隆史さんの行動力とその感性をとてもリスペクトしていた。
そうでなかったら、いつまでたっても自分のお店をやっていなかったと思った。

まずは自分たちの幸せから

以前から畑で獲れるお米や野菜のブランドを八方美米・八方美菜として活動していたけれど、食堂をやると決めてからさらに農業にも力を入れるようになった。
八方に広げていきたいという思いは、米の漢字をモチーフにしているものだし、八葉食堂の名前の由来も葉子さんのお店であることを象徴している。
オープンしたときから週3日の営業にしていた。
仕事のペース、暮らしのペース、子供との時間、それぞれが今もちょうどいいバランス。
隆史さんは農作業をしながらも週2日で移動販売をしている。
今までにも農に関連したイベントを積極的に主催してきた。
アイデアは溢れてくる。
特に草取りやトラクターをしている時に思い浮かぶアイデアは、やらないと落ち着かないほど自分の中に育っていく。
畑のことに頭をめぐらすとわからないことだらけ。
わからないからこそおもしろくて追求したくなる。
今後の課題は、自分たちの思いが続いていくようなシステムをどう作っていくか。
実験を繰り返しストイックに取り組んできた自分の経験や知見をどう提供していくか。
根本にあるのは、農も食も自分たちが体によくて美味しいものを楽しく食べたいから。
それが結果として、人のためになっていたり、楽しく食べてもらえているなら、こんなにうれしいことはない。

編集後記

野菜の味がどれも滋味深い。
隆史さんの作る野菜の美味しさが葉子さんの調理で最大限に引き出されていました。
美味しいで終わらない奥行きは、話を聞いてみると、しっかり学んだ循環農法とストレスフリーな環境で作る料理に起因しているのだと思えました。
楽しく作る、楽しく生きる。
不思議と作り手の心の状態が料理の味を大きく左右するものです。
もっと根幹には食材を作る人の気持ちから始まっています。
野菜を作る人と、料理を作る人の意思疎通ができていること。
ここに八葉食堂ならではの味が秘められているに違いありません。

人の役に立つためにやっているか、という質問に対して、それは驕りであり純粋さに欠けるのではないか、と答えた隆史さん。
何よりも一番の動機が自分たちの幸せであることにハッとさせられました。
ともすれば大義的に使われがちな「人の役に立つ」という言葉の真意は、解釈を間違えれば自己犠牲にもなってしまいます。
持続可能であること、刻一刻と変わっていく環境に無理なく順応していくこと。
地方ならではの古い価値観との確執もありながら、知恵と人脈で工夫して乗り越えてきた立ち姿はなんとも力強くて頼もしい存在です。
百人の女性だけではなく、農と食を通じてすでにたくさんの人を生き生きとさせているのではないでしょうか。

( 写真 、文 = 大野 宗達 )


兵庫県姫路市夢前町宮置349-1
営業日 火 木 土
営業時間 11:30〜15:00(LO14:00)

八方美米・八方美菜

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