CONCENT MARKET

「踏みしめてきた時間と関係性


神戸や阪神間の、食の代名詞にもなっているパン。
その中でも、いわゆるハード系という分野でパン文化を牽引してきた先駆者として存在しているコンセントマーケットさん。
西宮は夙川という街で、暮らしの中にパンが溶け込むように、お客様との関係をゆっくりと積み重ねてきた背景をお伺いしました。
ご夫婦(岩井直人さん、由紀子さん)で始められたお店ですが、主にご主人の直人さんの視点での物語になっています。
パンを通して伝えたいこと。
パンを通して届けたい想い。
言葉を尽くして表します。

店主の岩井直人さん

与えられた道を辿るように

 

何気なく大学に通い、何気なく就職活動をして受かったのはパン屋のみ。
時代は就職氷河期、スーツを着たくなかったという理由から生まれた選択肢。
いわゆる冷凍生地を使った大量生産型のパン屋で働き始めることに。
その後、会社内で冷凍生地ではなく、きちんと粉から作る業態が立ち上がったので関わることができたものの、その事業はうまくいかなかった。
本当に美味しいパンを作るには、知識と技術と時間が必要だということを学んだ。
たくさん作ることが目的の大きな会社では、まだまだ参入しづらい領域なのだそう。
そこでの学びや経験をもっと活かしたいと思い、次は大阪のワインショップがパン部門として西宮市に立ち上げた「パンドフール」というお店へ行くことに。
高価な本場スペインのパン窯を作るなどの投資をするも、経営はうまくいかず 3、4年で閉店する。
次にそのお店を引き継いだのは、東京のあるオーナーさん。
パンドフールを任されていたシェフには、そのまま継いでもらう形になった。
お店の名前は変わり「ブーランジェリー ムッシュアッシュ」に。
その頃はもうシェフの二番手として活躍していたので、そのまま付いていった。

ブーランジェリー ムッシュアッシュ

転機

 

当時ハード系を扱うパン屋はまだ周りに少なかったので、徐々にその味わい深い美味しさがお客様に浸透したことで、経営は回復していった。
直人さんは着々と技術を磨き、シェフを経営責任者としたまま店長になる。
お店も多忙を極め繁盛していた時に、あるお誘いが舞い込んだ。
有名なフレンチレストランがパン部門を立ち上げる際のリーダーとして来てくれないかというもの。
名声、肩書き、ハイブランド。
当時はまだ20代、心は躍り、鼓動が高まる。
自分の腕が認めてもらえたということ。
二つ返事でそのお誘いを承諾した。
その軽快さにムッシュアッシュの仲間は呆然としたそうだ。
(当時一緒に働いていた由紀子さん談)

ハード系の先駆け

美しい世界の裏側で

 

意気揚々と転職するも研修が壮絶だった。
グランドオープン前、期間限定で技術指導に携わっていた権威のある方に教わったのは、渡されたレシピだけ。
配合のバランスや、ミキシングの方法や、焼く時間に発注まで、何も教えてくれない。
自分で考えてやれ、という言葉の当たりも強かった。
想像をはるかに超える違和感。
現実のありさまに打ちひしがれた。
グランドオープンして由紀子さんが会いに訪れる。
そこにはもう直人さんはいなかった。
前の仲間たちにはなんの連絡もなく、すでに姿を消していた。

次から次へと焼きあがる活気ある店内

電光石火の試練

 

ムッシュアッシュの仲間は、直人さんに戻ってきてほしいと手を差し伸べた。
シェフも快く歓迎してくれた。
みんなの人情に救われ戻ることを決心し、もう一回頑張ろうとポジティブに気持ちを切り替えた。
その後、シェフが店を去ることになり直人さんが運営のすべてを任され、ムッシュアッシュの利益も順調に出せるようになってきたちょうどその時、さらなる試練が訪れる。

弁護士から突然、
「オーナーの経営する会社が破産宣告することになり、本日付けで閉店してほしい」という通達を受ける。

それは明日からお店が営業できないということ。
訳も分からず、当時15人ほどいたスタッフは、突然の解雇を命じられ全員が解散するに至った。
お店にも一切立ち入れなかったそうだ。
お客様に何のお知らせもできないままに。

ラスクも絶品

前進のみ

 

今まで応援してくれていたお客様に対して、何とかして何かわからないけど何かをお伝えしたい。
以前から夫婦でそろそろ独立しようと考えていたので、突き動かすその衝動から、閉店の翌日には不動産会社に電話をしていた。
ムッシュアッシュの店頭には、閉店を知らせる張り紙のみ。
お店にも立ち入れない、ホームページも見れなくなっている。
幸いにも一筋の繋がりが保てたのは、当時やっていたブログだった。
https://francepan.exblog.jp/12418399/

見ている人は少ないけど、精一杯の気持ちを言葉で表現した。
その想いに共鳴するように、お客様の声も自然と集まってくる。
店頭の張り紙を見て呆然と立ちすくんだ人、涙を流した人。
前に進むのは必然の出来事だった。

今にも漂ってきそうな香り

再開、そして再会

突然の閉店からわずか3ヶ月半、コンセントマーケットはオープンした。
ブログでオープンするまでの過程をお客様と共有していたので、待ち遠しかった人たちが行列を作るほどの大盛況ぶり。
お店は違えど再開をしたことで、お客様にまた会えたこと、その期待に応えれたことが何より嬉しかった。
ムッシュアッシュの時よりスペースが狭くなったので、できる種類も限られていて、お菓子系や惣菜系などは手が回らない。
それでもお客様はどんどん増え続け、バタバタと忙しい毎日。
オープンから3年間くらいは土日も小さい子供を預けっぱなしで、思い出せないくらい大変だったと由紀子さんは振り返る。
でも自分たちは大変になっていくけど、お客様が喜んでくれる反応があったので充実感はあった。

新作づくりにも余念がない

みんなと駆ける


お店は忙しくなっていく、パン職人やスタッフを増やしたい。
自分たちの想いに共感してくれる人がいいと、初めは求人誌を渋っていたけど、そうも言ってられなくなり掲載してみたら応募が殺到した。
こんなにも働きたいと思ってくれてる人がいるんだということに驚き、同時にあたたかく嬉しい気持ちになれた。
スタッフが充実したことによって、急激に一人にかかる負担が軽くなった。

狭さから生まれる一体感

視点を増やす

 

お店を始めてから7年。
それでも忙しさはとどまることを知らず、現場スタッフは次第に疲弊していき社員は続かない人も多くなってきた。
お客様に喜んでもらいたいのはもちろんだが、スタッフのモチベーションが下がっているのなら、美味しいものを提供する姿勢として本末転倒だ。
私たちにとって本当の幸せとはなんだろう?
同じタイミングでお客様の動線を改善するために改装工事をした。
その際にあるデザイン会社と共創することで、気持ちに大きな変化が見えた。
抱えていた感情をすべて吐露することで、第三者の視点が入ることで、思考が整理され言語化されることで、気持ちがいいほどに一つ道筋がはっきりと見えた。

自分たちが何を大切にしているのか。
自分たちがどこに向かっているのか。

明確になったのは、
お客様の方を向いていたいということ。
思想をホームページに落とし込んだら、賛同してくれる人も増えてきた。
地道に発信してきたことが、きちんと伝わっている実感が持てた。
あらためてコンセプトを再確認して、もっとたくさんのお客様に喜んでいただくためにも、もう一店舗やってみたいと夫婦間で話はしていたものの、自分たちがまだスタッフに任しきれてないという思いは強く、なかなか一歩踏み出せなかった。
他にもブランド価値や品質を落としてしまわないか、人材の確保や教育は大丈夫なのか、そうこうしているうちに時間だけが過ぎていく。

お客様と積極的に関わっていく

必要な時間

 

もう一店舗の構想はゆっくりと熟成を重ね、次第に確信に変わっていく。
いずれは独立を考えている長く共に勤めてきたスタッフに、その準備としてお店の立ち上げを経験させてあげたいという気持ちも生まれてきた。
そして岩井さんご夫婦が暮らしの拠点としている隣町の宝塚という場所で、街の活性化のためにも一役を買えたらという願い。
チェーン店のような大きなお店は多いのに、個人の小さなお店がまだまだ少ない。
感じる物足りなさは幼い頃からずっと住んでいるからこそわかる感覚だろう。
いろんな気持ちのタイミングが重なり、溜めていた想いが徐々に芽吹いていく。
10年目に入り、ようやく宝塚で物件を探し始めた。

パンを暮らしの一部に

暮らしの中に

 

西宮でずっとお店をしていて感じるのは、パンのある暮らしが日常に溶け込んでいること。
宝塚でもその風景が見たい、見せてあげたい。
新しい食文化を宝塚に根付かせるための一端を担いたい。
決めた物件は宝塚の中心地にある。
今のお店をただトレースした2号店ではなくて、新しい価値を加えるためにも、パンを起点にした食生活や暮らしそのものを提案できたらと考えている。
売って終わりではない続いていくお客様との関係性を。
パンが生活に寄り添うことで感じられる豊かさの可能性を。
そんな理想を描き、今まさに新しい挑戦を始めようとしている。

買っていただいてからを想像する

コミニュケーションするパン

 

ハード系と呼ばれるパンをずっと継承してきている。
自家製酵母で発酵に時間をかけて丁寧に味わい深さを引き出していく。
素材の美味しさを追求した自然な流れだ。
同時期に切磋琢磨した同世代の仲間は、今も最前線で活躍している人が多く、いつも刺激を受けている。
店舗展開は少し出遅れたかもしれないけど、情報はあえて入れないようにして、自分たちのペースでできることに集中してきた。
大切なことはお客様の方を向いてるかどうかを常に確認すること。
パンを接点にして人と人がインタラクティブにコミュニケーションする場をこれからも作っていく。

宝塚ではキッチンの目の前でお食事もできます

編集後記

 

地道に、着実に、目が届く範囲でお客様との関係を築いていく。
目先のことだけではなく、地域や街が明るくなるように時間をかけてゆっくりと。
根を張るように、熟成するように。
その期間があってこそ信念はより強固なものになるのだろう。
スタッフが活躍できる場所も提供したい。
お客様の暮らしにもっとパンを浸透させたい。
その中心に立ってマーケットを作り、たくさんの想いをコンセントのようにつないでいく。
見事にお店の名前がそれらの役割を果たしているように思いました。
さらにつながった先がとても楽しみです。

( 写真 = 岩井 由紀子   文 = 大野 宗達 )


CONCENTMARKET

兵庫県西宮市寿町5-15
0798-23-0707
Open 9:00 – Close 18:00
定休日  月曜・火曜日

http://concent-market.com/


CONCENTMARKET to table

兵庫県宝塚市武庫川町4-10
Open 9:00 – Close 18:00
定休日  月曜・火曜日

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