時光舎

「愛する文化を伝える料理人」


大阪・池田の商店街からほんの少し路地を入ると、姿を表す古民家。
玄関の扉を引きベルを鳴らす。
この心地よさは、田舎の親戚の家に帰ってきた懐かしさに近いだろうか。
靴を脱いで座敷に上がると、落ち着いた灯りの中に立ち昇る湯気と台湾茶の香り。
大通りの喧噪からは想像できない、ゆったりとした時間が流れている。
「もともと、台湾にはまったく興味がなかったんですよ」
店主の福中さんの口から飛び出した予想外の一言に興味を掻き立てられ、その真意を伺った。 

 店主は福中宏明さん

 

 

中国料理への道

喫茶店を営む家に育った福中さん。
いくつか飲食関係でのアルバイトを経て、高校卒業後は調理師専門学校へ。
自然な流れで、飲食の道へ進むことに決めた。
西洋料理をイメージして入学したが、実際に実習で作ってみると、学生の間ではマイナーだった中国料理に魅力を感じた。
奥行きや幅の広さ、これまで馴染みのあった「中華」ではない「中国料理」という存在。
何より食べて美味しかった。
当時は、まだ高級か大衆かの二極だった中国料理。
どちらでもない場所なら自分の想いやカラーを表現できる可能性を感じ、高級でも大衆でもない本格的な料理を提供する店を作ろうと考えた。
そこから「30歳の時に自分の店を持つ」とゴールを定め、逆算して計画を立てた。
専門学校を卒業すると、まずはホテルの広東料理店に就職。
本格的な中国料理を学ぶと、今度は店舗経営を学ぶべく、個人経営のカフェレストランで立ち上げ責任者として経験を積む。 

異空間へ

 

 

叶えた夢とリセット

 

現在と同じ池田に、点心・飲茶をメインにした広東料理店「CHAMONIX(シャモニ)」をオープンしたのは、まさに計画通り30歳のこと。
交通量の多い通りに面した店は賑わい、日々料理や経営に追われた。
5年目から、売上を上げるためにコース料理から食べ放題に変更。
売上は伸びるものの、これまでコース料理を目当てに来てくれていたお客さんは来なくなり、次第に自分の店に対する気持ちも離れて行くことに気づく。
この気持ちのままでずっとやる自信はないなと10年でリセットすることを考え始める。
売上は減っても、お客さんにゆっくり過ごしてもらえる店作りをしたい。
そして、自分らしく長く続けていけるように。
そんな想いで新しいステージを考え始めた時、福中さんは台湾と出会った。

台湾茶の種類も豊富

 

 

台湾と転機

 

「広東料理は香港がいちばん」と何度も香港を訪ねていた福中さん。
それまでまったく魅力を感じなかったという台湾に、ついに導かれる転機が訪れる。
中国への香港返還によって、イギリス領だったころの、独特の食文化やいろんな人種の人がいて活気のあった魅力を感じられなくなったのだ。
そこで行ってみたのが、今まで飛行機で飛び越していた台湾。
現在のパートナーである明日香さんと共に訪ねた台湾は、ふたりにとって居心地のいい場所だった。
さらに東日本大震災の時、日本にあたたかい手を差し伸べてくれた台湾の人たち。どうしてそこまでしてくれるのか?
その理由を知りたくて歴史を調べ始め、何度も足を運ぶようになる。
現地で自転車を借り、ふたりで台北や郊外を走った。
いろんな国の人が関わり積み重ねてきた歴史の中で、文化や料理が織り混ざって生まれた台湾の成り立ちと魅力。
それを知る上で、この素敵な文化や日本に対する想いを、お茶や料理、店の雰囲気を通して発信していきたいという想いが芽生える。
思い描いたのは、台湾の茶藝館という場所。
日本の統治時代の名残りある日本家屋で、台湾茶を楽しむ。
そこでのゆったりとした時間の経ち方が、思い描いていた新しい店の形と重なった。

自転車で巡る台湾の街

 

 

時光舎に込められた想い

 

そんな想いで探し始めた新しい店の物件。
大通り沿いのシャモニとは一転、わかりにくいところで探した。辿り着いたのは、駅から近く路地をちょっと入ったところにある昭和初期の古民家。
玄関から入ってすぐ、襖の丸い建具が気に入った。
店名の由来は、台湾でよく使われる「昔懐かしの時間、日常」などを意味する「時光」という言葉に、「足を伸ばして留まるところ」を表す「舎」を合わせた。
来てもらったお客さんに、ゆっくりと落ち着いた時間を過ごしてもらいたいという想いを込めている。
店のロゴは、中華圏でお祝いごとの際に作って飾る「切り紙」。
知人の切り紙講師に依頼すると、福中さんの名前に因んだ蝙蝠や縁起物を組み合わせて作ってくれた。
(なんとこの複雑な絵柄をハサミで切るのだそう!)
台湾の文化を伝える場所ではあるけれど、台湾料理というよりは、中国料理のいろんな地方のいいところを織り交ぜて、もっと食べやすく馴染みやすく。
そして、中国料理では必ず使うという化学調味料を一切使わない。
台湾料理自体が、上海に近い料理にいろんな文化が入っているものなので「混ざっているという意味ではうちは台湾料理ですね」と笑う。

様々なイベントの中で切り紙のワークショップも

 

 

ふたりで理想の店へ

 

そして、ゆっくり過ごしてもらえる店作りを考えていた福中さんが大事にしたかったのが、お客さんとのコミュニケーションを大切にしてくれる人の存在。
ふさわしい人は、明日香さんしか思い当たらなかった。
中国茶を扱うカフェで働いたり、ひとりでワーキングホリデーに台湾へ行っていたこともある彼女。
何より、台湾での居心地の良さを共有した旅の友だ。
別の仕事をしながらも時々手伝ってくれてはいたが、オープン当初からアプローチを重ねていたのが功を奏し、本格的に加わってくれることに。
福中さんが思い描いていた店作りに、さらに近づいた。
明日香さんが提案した朝ごはんの企画など、台湾の文化に触れる機会はますます増えた。
今後は、2階を改装してワークショップを行うスペースにしたり、茶葉・お菓子・本・雑貨の展示販売など、より文化を発信する場所にしていきたいと描いている。

明日香さん

 

 

編集後記

 

専門学校時代に抱いた「本格的な中国料理をカジュアルに楽しめる店を作りたい」という夢を、20数年経った今もずっと貫いている。
なんとブレない、ゴールを見失わない方なんだろうか。
おふたりの趣味である自転車で走る時も、ゴールは絶対に決めて走るのだという。
ぶれないように軸を決めて、自分で自分を律する。
自分が決めた道を時間がかかってでも進む。
なんだか、福中さんの生き方と重なるようだ。
殴る蹴るが当たり前の厳しい修行時代にも、やられて嫌だったことはしないと非暴力を貫いたこととか。
他の仕事をしていた明日香さんが店に必要だと、ことあるごとに口説き続けた熱意とか。
ご本人は「それは自分に自信がないから。弱いからですよ」と謙遜するが、自分の弱みをしっかり受け止めて、それを補うことができる人は、もう立派に強いと思う。
食べることが大好きだが、他の中国料理店には興味がない。
食材や値段が読めてしまって楽しめないからだとおっしゃるが、それは時光舎の料理が、独自の文化を培ってきたからなのかもしれない。
時間をかけて積み重ねてきたものが織り交ざって生まれた、台湾のように。

( 写真 = 福中 宏明   文 = Yuki Takeda )


台湾料理店

072-751-9200
営業時間
●木曜日から月曜日 11時30分~ 17時以降の夜営業は予約制になります
●火曜日 11時30分~14時ラストオーダー 15時閉店
●水曜日 休業日
●日曜日朝ごはん営業(予約制)9時~10時30分閉店

https://jikousha.com/

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